看板 | 椚田のブログ 

看板

重たくなった看板を外すことにした。

大上段に振りかぶったタイトルを、面映ゆいと感じるようになってしまった。釣りのことを書こうと始めたブログだったが、いろいろとバランスが悪くなってきたのである。
書きたいことは、いくらでも、まだまだある。ただ年間の釣行回数が十回を切ってくると、見える風景が違ってくる。いや、見えていた風景がかすんでくるというべきか。

私は一種の病気をわずらっている。言葉の自家中毒とでもいうようなものだ。
滅多に過去の記事を読むことはないのだが、なにかのきっかけで目に触れるともうだめだ。それにこうしてキーボードを叩いているそばから、今も侵され続けている。
その正体はいうまでもなく自意識と、読んでもらえるという前提に対する甘え、このふたつにほかならない。

少し前まで、書いたものに目を通してくれるのは学校の先生ぐらいだった。今は誰もが広く発信できるようになり、表現したい人間にとってはいい時代になったと思う。しかしそこには落とし穴もあって、ことSNSにおいては、その海を泳いでいくのにある耐性が必要とされる。(意識しない方は、十分にそれを備え持っている)

こうした自意識や甘え、弱さを乗り越えようと時に語り口を変え、人称を変え、言葉がはだかになれない代わりに身をさらしたりもしてきたが、うまくいかなかった。この鼻持ちならない感じのただよう文体こそが、どうしようもなく私自身なのである。
丁寧に言葉を選んで、磨いて、置いていくしかない。もういちどそこから始めてみたい。

家でチラシの裏にでも書いておけ、と別の自分があざける。