長門川にて初釣り 番外
釣れなかった釣りでここまで引っ張る。
ショアをジャークベイトで流していた私は、ヘラ台の上に奇妙なものを見つけた。
ボートを寄せる。
11匹のレンギョ(ハクレン)だ。いずれも80cmクラス。一体全体、私の眼前で何が起こっているのか。
混乱しながらも観察すると、大半は息絶えているが、何匹かはまだ口を動かしている。
誰が、何のために?
生きているレンギョを水に戻してやろうと考え、さらにボートを寄せた。
体表は血と砂にまみれ、瀕死だ。水に戻したところで、到底元気に泳ぎだすとは思えない。
さらに、考えた。
誰かが、こうしたのだ。その目的は分からない。しかし、何らかの意図で、その人はこうしたのだ。
その人が不在で、理由を尋ねることができない以上、私が手を出すことはエゴでしかない。
私はレンギョたちに手を合わせ、立ち去った。泣いた。
昔、北浦の漁港で目撃した、有刺鉄線に吊るされた何百匹というバスの姿が、フラッシュバックのように蘇った。
しばらく釣りにならなかった。
キャッチ&リリースの是非が論議になると、必ずと言っていいほど、釣りも虐待の延長線上にある、という意見が出てくる。
この延長線上に自分がいるのなら、もう釣りなんかやめよう、と、本気で思った。
しかし、身に染み付いた釣欲は恐ろしいもので、ほどなく集中力を取り戻した私は、下船時間までしっかり釣りを続けた。
下船後、このことをボート屋のご主人に話すと、ヘラ台放置の件はよく分からないが、町おこしの一環で、ハクレンを食用魚として活用する動きがあるらしい、とのこと。
帰宅してネットで調べると、確かにハクレンのフライについての記事が見つかった。
ヘラ台の一件が、ハクレンの食用魚活用に関係しているかどうかは分からない。
また、活用自体、何ら問題ないように思う。
しかし、何であれ、ああいうやり方だけは絶対に認められない。
人間以外の生き物に、痛みや感情が無いなどという想像力の無さが、どうにも許せないのだ。
