乱世に生まれた最高傑作。バッファロー・ドーター『We Are The Times』 | オーヤマサトシ ブログ

乱世に生まれた最高傑作。バッファロー・ドーター『We Are The Times』



一聴して“らしさ”を感知できるサウンドの揺るがぬ記名性と、作風を自在に変化させる不定形さ。一見相反しそうな特性が同居する独自のスタンスで自らの表現を更新し続けてきたバッファロー・ドーターの最新アルバム『We Are The Times』。本作は現状において彼らの最高傑作であると、最初に言い切っておく。今後、バッファロー・ドーターを知らない人から「なにか1枚貸して」と言われたら、俺は迷うことなくこの作品を差し出す。

全9曲。これまでアルバムを出す度に様々なアプローチをみせてきた彼らだが、今回は1枚のアルバムの中で楽曲のバリエーションの振れ幅が広がっている。たとえば冒頭の『Music』ではデビュー当時の面影を感じるし、『Times』からは2003年作『Pshychic』期のトランシーな作風に通じるものもあったりと、バンドの歴代の音楽性がギュッと凝縮されたような手触りもあるが、回顧や総括といった集大成感は皆無。ものすごく瑞々しい音が詰まっている。


(フルCGで制作されたという『Times』のMV。めちゃめちゃかっこいいけど、ライブでどう演奏するのか想像がつかない。)

曲ごとの印象はバラバラだが、聴き終えると1枚のアルバムとしてのムードは通底している。端的に言うと、混乱・混沌。特にコロナ禍以降のここ2年の間にすっかり世界を覆ってしまったそういう感覚が、本作には極めてフレッシュにパッケージングされている。サウンドの振れ幅は多くの価値観が無秩序に入り乱れる現状をそのまま体現しているようだ。歌詞の存在感も大きく、いま世界を覆う閉塞感とその先の光明への渇望が、ポエティックかつリアリティを持ったことばとして鋭く具現化されている。


(アルバム中、これまでの作風ともっとも距離を感じた『Jazz』のMV。静謐なギターとベースがとてもいい。歌詞が切ない…。)

決して明るい作品ではない。とはいえ音自体は刺激的で心地よく、楽しさすらある。それはバッファロー・ドーターの生み出すサウンドがそもそも持つ心地よさであり楽しさだ。例えば本作におけるダーク&ディープサイドの極北である『ET (Densha)』の後半に配された地獄の底から鳴り響くようなノイズですら、聴くとそのすさまじい快楽性に驚く。


(すでにライブでも披露されている『ET (Densha)』のMV。生の爆音で聴くとミニモーグの低音に鳩尾がゾワゾワした。体験したい人はレコ発全国ツアーへ。)

ある種の優れた音楽は聴き手の心身に治癒効果をもたらす。恐怖、不安、怒り、悲しみ、理不尽、そういったネガティビティに覆われ硬直してしまった思考と身体を、理屈を超えたレベルで解きほぐし、いきものとして本来あるべき状態へ蘇生させる。この作品にはそういう、音楽が持つ本質的なパワーが宿っている。だからどんなにシリアスなメッセージも重くならない。(本作に限らず彼らの音楽はいつもそうだけど)


(直球のタイトルが付けられた『Global Warming Kills Us All』のMV。メッセージはシリアス、MVはキュート。このバランス感覚。)

メンバーとサポートミュージシャンたちの熱演による豊かなグルーヴ。その音のひとつひとつに、音楽という表現そのものへの愛と信頼とプライドが込められている。いままさに目の前にある混乱と混沌、その中でも揺るがない音楽のパワー。不要不急なんてとんでもない。やっぱり世界には音楽が必要だ。バッファロー・ドーターの『We Are The Times』を聴くと、そんな基本的で、でもかなり大事な真実を思い出す。