SMAPと同じ時代を生きているラッキーについて 27時間テレビの感想とか | オーヤマサトシ ブログ

SMAPと同じ時代を生きているラッキーについて 27時間テレビの感想とか

27時間テレビを見ながら、なんで俺はSMAPが好きなんだろうなーと改めて考えて、未定だった5人だけのフリートークとノンストップライブ、そしてフィナーレを見て、なんとなくわかった気がした。


ラスト近くに「もうその必要はない存在なのに、なんでSMAPはここまで挑み続けるのか」っていう大意のナレーションが流れたけど、俺はその問いの答えって、5人からの「僕たちはみなさんと同じです」っていうメッセージなんだと(勝手に)思っている。


動けば汗をかくし、寝なければ眠くなる。声を出せばのどが枯れるし、運動すれば体を痛める。

仲間とはなればなれになれば寂しいし、その仲間から久しぶりに手紙をもらったら思わず涙してしまう。

誰にでも経験があるような何気ないことなのに、彼らが体現するだけで、なんて素敵で、大切で、かけがえのないものに思えるのだろう。


寝て、起きて、食べて、汗をかいて。笑って、泣いて、悔しがって、感動して。悩んで、迷って、間違って。出会って、別れて、年を取って。それでもまた寝て朝を迎えて、前に進むしかなくて。

自分もあなたもどこかの誰かも、ひとはみんなそうやって毎日を生きている。


今年の27時間テレビも、そして27年間SMAPがやってきたことも、つまりはそういうことで、5人は今日もSMAPを生きていた。そして今日、これからもSMAPとして生きていくと、大きな声で宣言した。

これって要は「生きることを肯定している」っていうことなのだ。SMAPがSMAPとして生きることは、そのまま、みんなの生を肯定するということなのだ。


「生きていくことを、肯定しよう。僕もあなたも、おなじ人間なのだから。」


エンタテインメントが発信できる、もっともシンプルでもっともでかいメッセージを、27時間のあいだ、バラエティ、芝居、歌、いろーんな手段と方法を使って、SMAPは全力で伝えてくれた。こういうメッセージをを2014年のいま、テレビというメディアを通して見られたことは、確かな希望だ。


俺らはSMAPが生きている時代に生きている。これってけっこう、いやかなりラッキーなことだぜ。