SMAPの2012年ツアー、「気楽」という言葉の重み | オーヤマサトシ ブログ

SMAPの2012年ツアー、「気楽」という言葉の重み

『POPOLO』に慎吾インタビュー。
今年のライブに関して「気楽」という言葉を使っている。
今年はとにかく気楽に行こうと。

これ、記事内では前回のツアーとの対比として語ってたけど、
きっと震災を挟んだことも影響してる気がするなあ。

震災で、その存在意義を最も考え直さざるを得なかったのがエンタテインメントで、
もちろんそれはSMAPも例外じゃなかった。
そのへんはこれまでインタビューなどで本人たちの言葉で語られてるけど。

で、いま振り返るとある意味リハビリとも言えるファンパーティを経て、
「気楽」というキーワードをもとにライブを作ってるって発言は、やっぱり重みがあると思う。
だっていまの時代、何も考えず「気楽」に生きることは相当難しいから。
というかほぼ無理だと思う。

毎週金曜日に、首相官邸前に数万人単位の市民が脱原発デモに集ったり、
SMAPだって1年以上スマスマの最後で復興支援のアナウンスをしていたり、
どんなに忘れようとしても、いまが明らかに<非常時>であることは事実だ。

そこで今年、『GIFT』という極めて能動的なスタンスを掲げたアルバムを引っさげ、
SMAPが帰ってくることの意味を考える。

前作『We are SMAP!』は太田光による表題曲に象徴されるように、
若干過剰なまでにSMAPという共同体そのものを描きなおした作品だった。
そこに震災後の企画盤『SMAP AID』のリリースを合わせて、
やっすい言い方だけど、ある種これまでの集大成をしたんだと思う。

で、<GIFT>だ。<贈り物>だ。
贈り主は当然、SMAPである。
彼らは誰にギフトを贈ろうとしているのか。
これも今更、言うまでもないだろう。

彼らが何を<GIFT>しようとしているのか。
それは来るアルバムを聴き、そしてツアーの現場に足を運んで確認するほかないだろう。
そこでもうひとつ思い出すのが、震災を経たインタビューでの香取慎吾の言葉。


昔は暗闇の中をだたがむしゃらに走っているだけだった。
でもいまは、その先に光が見える。


そんな彼が口にする「気楽」という言葉の重みを考える。
想像を絶する苦労の末に立ち上がる、<夢なのか現実なのか、な世界>であるライブ、
その制作のさなかに語られた「気楽」という言葉の重みについて、考えている。