今日から仕事です。
お休みモードだった、頭と体を切り替えて、頑張ってこようと思います。
今年も、一月二月三月は、時が過ぎるのが早いと思うので、しっかりせんとと思っています。
あっちょんぷりけっ!((>д<))
喪中ではありますが・・・
そんな喪中の最中ではありますが、
昨日、家族で初詣に行ってきました。
妻が、今年、本厄なので厄払いもしてもらいたかったのです。
妻は、喪中(49日も過ぎてない)なのに初詣に行っていいのかと気にしていましたが、
自分は気にしていないので行ってしまいました。
しかし、ブログに書き込むにあたって、本当によかったのか気になったので、
インターネットで検索してみた結果、喪中は神社へは行ってはいけないということが判明しました。
これは、人の死についてどうとらえるかという考えの違いだと思うのですが、
喪中の者が神社にくることによって、神社がけがれると思っている人が多くいる以上は
行かないのがマナーだったかなと軽率すぎた行動を少し反省しています。
喪中の人に年賀状を出さないというのは喪中の人へのマナーであり、
喪中 の人が神社に行かないというは、喪中の人のマナーなのかもしれません。
うちは、喪中に年賀状をもらっても気になりませんけど。
喪中だからあえて言わせてもらいますけど、
個人的には、喪中であっても年が明けるのは「めでたい」と思います。ヘ(゚∀゚*)ノ
ちょっと重い話かもしれませんが・・・
自分の母が昨年の12月19日に他界しました。
肺がんのため7年間抗がん剤の投与治療を続けていました。
7年前、ガンが発見されたときには手遅れの状態で手術はできませんでしたが、
抗がん剤が効いたのと、本人の頑張りで7年間生きれたのだと思います。
医学的知識のある人からみれば、奇跡的な年数のようです。
3年前に背骨に転移して、放射線治療で抑え込んでいましたが、
昨年の春に再び悪化し始め、抗がん剤の効果も期待できなくなったため、
6月からは痛みを取り除くための「緩和ケア課」に移りました。
抗がん剤の効果がなくなった頃から、母の死をより具体的に覚悟するようになりました。
スピリチュアルの本を読みあさったのもそのころからです。
人 は、何のために生まれてくるのか、
どのように生きるべきか、
なぜ死ぬのか。
スピリチュアルについての何冊かの本のおかげで、
自分は母の死を心を乱すことなく受け入れられたと思っています。
スピリチュアルは、現在、科学で証明されていないものなので、
宗教とか占いのイメージがあって嫌う人もいると思いますが、
例えるなら自分にとっての信念のようなものであり、
人に押し付けたりするつもりはまったくありませんので、
ひかないように一つお願いします。 (=◇=;)
きっかけは義人さん
義人さんがブログを始めた。
読者になろうとしたら、自分のブログができたので、これを機会に自分もブログを始めようと思う。
以前からブログを始めたいとは思っていたものの、横着もんの自分なんかは、やっちゃあいけないものだと思って、手を出せませんでした。
でも、義人さんと一緒なら続けられそうな気がします。
義人さん、どっちが長く続けられるか競争ですよ!v(^-^)v