十年くらい前になるか、トイレの神様って歌が流行った。ばあちゃんと暮らしていた主人公の女の子が、ばあちゃんに「トイレには神様がいるんだから、しっかりキレイに磨くんやで」と言いつけられて、その通りにしっかり掃除して…そしてばあちゃんが死んで…という歌詞だったかな。

この歌には、けっこう泣かされたな。
歌に出てくる神様は姿が見えない、しかし今日の僕は、実際に人の姿をしたトイレの神様をみた。
田舎の役場勤めに変わって半年。もうそれなりにいろんな仕事が出てくる。
今朝は役場から遠方の病院でカンファレンス(ケース会議)があった。片道50キロ以上、ポンコツ公用車を運転していく。すると還暦間際の自分には当然に、トイレ休憩が必要になるのだ。
目的地である病院の少し手前。道の駅に車を停めて用を足した。
9月も半ばを迎えろうとするのに、今日も暑くて仕方がない日。道の駅のトイレは天窓から強い光が差し込み、まるでサウナのようだった。
切羽詰まりながらも思いを遂げた後は、周りを見回す気余裕が出てきた。
後ろを振り返るとそこには、個室の便器を掃除するおばさんがいた。
七十代をとっくに過ぎたと思われるそのおばさんは、大汗をかきながらも丁寧に便器を磨いている。
暑さもあり目的地の病院へ急ぐ僕は、おばさんに会釈してトイレを出た。

ケースカンファレンスが終わり、直ぐに帰路につく。公用車のハンドルを握りながら、またしても尿意を催してきた。
若いころは長持ちしたのに…。
気持ちが焦り、行きにも寄った道の駅で用をたそうとトイレに入ると、そこにはさっきのおばさんが、タイルの床を柄つきブラシで磨いていた。
あれから二時間は経つ。サウナのようなうだる気温のトイレで、おばさんはずっとこうして働いていたのだろうか。
青いTシャツは、汗で濃紺になるほど。それでも一心不乱に床を磨くおばさんは、神々しい。
肝心の用を足すのを忘れて、その姿に見とれていた。
我に返っておばさんに話しかけたら、笑いながらこんな言葉を返してくれた。
「毎日三時間、ここで掃除してる。女子トイレのほうが大変。天窓が多いけ男子より暑いのよ。婆さんじゃけしんどい。熱中症になったらいけんから、扇風機のあるところで休み休みやってるよ」
毎日三時間!?凄いな。
休み休み!?
これは違うだろうな。僕と話しながらも手を休めるおばさんではない。
僕はおばさんに働く人の尊さを感じて、自分を恥じた。
罪滅ぼしを神様に乞うため、自販機に走ってオロナミンCをおばさんに手渡した。
トイレの神様は、あらまあ…と遠慮しながらも、罪深い僕を受け止めて、にっこりとオロナミンを受け取ってくれたのだった。