昼休み。
束の間の微睡みをつんざくように、事務所の扉が…バン!という音とともに開いた。
「役所に行ったらさ、ここに行けって言われたから来たんだけど」
短髪の、いかつい男性が無愛想な顔で入ってきた。
「いつもたらい回しにされるんだよな」
不満げに、そう言う。
さて、こんな場面には慣れているから、意識せずとも体が勝手に反応する。
どんな経緯でここにやってきたのか。そして何に困っているのか。
「まあどうぞ。お座りください」
椅子に座るよう促し、意図的に回り道をするように、ゆっくり事情を聴きとっていった。
いかつい相談者の主訴は、入院中の母親をどうにかして家で看たいということだった。
気持ちは分かるが、担当医の指示を飛び越えて在宅復帰の調整はできない。まずは担当医に相談してから、返事をくださるようにお願いした。
「今日にでも先生と話をするから。母は調子がいいみたいだし、いい返事ができると思う」
いかつい相談者はぶっきらぼうにそう言うと、私に胸襟を開いてくれたのか、今度はぽつりぽつり身の上を語りはじめた。
複雑な生育歴があるようだ。
ひとしきり身の上を語り終えると、病院の先生から許可が出たら連絡すると再び言って、扉の向こうへ消えた。
明日にでも連絡があると思っていたが、明日が今日になり、明後日が今日になり、明明後日が今日になり、一向に連絡がない。
そろそろこちらから連絡しようと思っていた日に、向こうから電話があった。
「やっと先生の許可も出たし、せっかく家で看ようと思っていたのに・・・今朝8時25分、亡くなりました」
電話口の声が泣いている。いかつい相談者が泣いている。
「いろいろそっちに・・・相談するつもりだったのに」
今度は嗚咽が洩れ始めた。
こちらの感情が揺らいだ。
ぶっきらぼうだけど母親思いな相談者に、感情移入したわけではない。
急変して亡くなるといったケースは幾つも経験しているが、直ぐにきちんと連絡をくれる家族は、それほど多くはない。
ぶっきらぼうで、強面(こわもて)で、母親思いで、そして律儀な方だ。
そのような人だとは、思っていなかった。
ステレオタイプ的な自分の思考を恥じた。
自分は何年この仕事をしているのだろう。とても情けない。
そして今回の相談者が、どんな気持ちでいるのかを思った。
(小ネタを一つ)終わり
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休筆してもうすぐ二ヶ月になります。小ネタが集まってきたので、ぼちぼち再開をば…。