『十番目の打席に』

  *5回表*

一定のリズムを刻むバットとボールの音。
一定のリズムを刻むマウンドからのキャッチボールの音。
一定のリズムを刻む二塁ベースでのスライディングの音。
聴きなれた音が、聴きなれた分だけ、聴きなれたリズムで繰り返す。
最後の1週間が少しずつ終わっていく。
その夏が終わっていく瞬間を、ただ座って眺めていた。
慎二は足音が近づいてくるのに気が付かなかった。
「先輩」
真っ赤な目をして、だけど、木村はちゃんと慎二の前に立って言った。
「俺も、3年生します」
それを言い終わったのと同時に木村は笑顔をつくった。
だけど、同時に左目から、我慢していた涙が一筋こぼれた。
慎二は首に掛けていたタオルを木村に手渡した。
木村は顔を覆って、声も無く泣いた。
「座れよ」
慎二は言った。
その言葉に木村は小柄な身体を、いっそう小さく体育座りにした。
「おちついたら、麦茶飲んで、キャッチボールするか?」
木村はタオルに顔をうずめたままで頷いた。
しばらく経ったあと、学校のチャイムが鳴った。
それに呼応するように、木村が水道まで走っていった。
無駄に思えるくらいの水量をだして、
勢い任せに顔を洗った。
目とか鼻とか口とか全部取れて流れるんじゃないかと心配になりそうなくらいの勢いで、顔を洗っていた。
慎二はその作業を終わりまで見つめていた。
蛇口が流した水の分だけ、いや、それ以上に木村は悲しかったんだと思った。
一杯の麦茶をコップに注いで、木村の傍に行ってやった。
蛇口から水が止まる。
木村が顔を上げた。
真っ赤になったその顔で、木村は笑った。
今度は涙が流れなかった。
木村は差し出された麦茶を一気に飲み干した。
晴れやかな顔になって、だけど、眉間を押さえてうずくまった。
「どう?今日のはわりと冷えてるっしょ?」
泣きそうな声で木村は言った。
「先輩、激しくヤバイっす」


  つづく