『十番目の打席に』





  *3回表*





月曜日の昼休みになって、唯一の2年生、木村謙次郎が慎二のクラスを尋ねてきた。


「先輩、」

小柄な木村は背伸びをしながら窓際の席の慎二を呼んだ。

「どうしたの?」

「ちょっと、いいっすか?」

二人は廊下を歩いて、渡り廊下に出た。

体育館と繋がる3階の渡り廊下は人の通りが少ない。

「俺、どうしたらいいんっすかね?」

「なにを?」

「秋、」

「あき?」

「俺、ひとりになっちまうじゃないっすか?やっぱりダメなんすかね?」

上目遣いで泣きそうな目をして言う。

「野球、やりたい?」

黙って頷いた。

「でも……、人数足りないっす。それに俺じゃなんもできねぇっすから」

慎二は言った。

「キムはさ、」

「はい?」

「2年生?」

「なんなんすか?いまさら?」

「気持ちも2年生?」

「どういう意味っすか?」

「ぶっちゃけ、俺ら3年も全員まだ2年生なんだわ。見ててわかる。俺、見てるからわかる。

 ずっと、2年生してたいんだよ」

「ずっと?」

「そ、ずっと。

 去年の今頃、先輩が抜けて、あと1年。

 がんばって夏の大会までに俺らのチームつくるぞ!って。

 あの時期。」

「でも、俺にとっても最後の大会なんっす……今のままじゃ」

木村の泣きそうな目が潤み始めていた。

慎二が木村の頭を撫でた。

「キム、お願いがあるんだ」

「なんっすか?」

「一緒に最後の夏にしよう」

「どういう意味っすか?」

「無理してさ、無理やりチームつくろうとか、

 つくらなきゃとか考えて欲しくないんだよ。

 キムが野球好きなのもわかるし、だけど、苦しすぎるから、ひとりからチームつくるとか」

木村が俯いた。

渡り廊下のコンクリートの灰色が、ポツリポツリとその色を一雫づつ濃い灰色に染まっていく。

「俺マネージャーやってて、山下がさ、泣きながら練習メニュー作ってたの知ってるから」

その言葉を聴いて、木村は静かに頷いた。

「山下には言った?」

首を横に振って、鼻頭を半そでで拭って、木村は「山さんには言ってません」と呟くように言った。

「だから、ちょっと考えます」

そう言うと顔をあげて、

「先輩、今日、帰り、キャッチボールの相手してください」

そう言った。

慎二はポケットに入っていたポケットティッシュを差し出した。

木村は「ずびばぜん(すみません)」と言って素直に受け取った。





  つづく