『バレンタインのワスレモノ』最終話


教室はいつもよりにぎやかだった。
朝子が声をかける。
「あ、おはよ、由実、…」
くるりと振り返って紀子が笑った。
「おはよ、ゆみっぺ。前田っちょ、ねむそー」
和義はカバンを置きながら、
「うん。眠い」
あくびをした。
紀子が紙袋を差し出す。愛を込めて。
「はーい、ゆみっぺー」
由実子は驚いて、だけど嬉しそうに言った。
「え?なに? あ!うれしー、ありがとー!のりちゃん!」
誇らしげに紀子は笑った。
「さっき、あさちょにもわたしたのだ」
朝子は嬉しそうに言った。
「うん。さっきもらった。すごいよ」
「あけていい?あけていい?」
そう由実子に聞かれて、紀子は笑顔で答える。
「うんいいよー」
由実子が紙袋の口を開ける。
「すごーい、手作りクッキー」
バターの香りが優しく香ってくる。
「ちょっと、カタチ変になっちゃったけどー」
そう言って照れている紀子に、由実子が由実子の愛を差し出す。
「私も作ってきたよー。はい、のりちゃんのぶん」
「わぁー、ゆみっぺラブー」
だから、いつもより、教室はにぎやかなのだ。
和義が朝子に声を投げた。
「朝ちゃん、ちょっといい?」
「え?……うん」
朝子は戸惑いながら椅子から立ち上がる。
和義がドアをあけながら廊下を指差して、手招きする。
続いて朝子が後ろ手でドアを閉めた。
少しだけ静かな廊下はちょっとだけ空気が冷たい。
「どうしたの?」
朝子の問いかけに、和義が紙袋を差し出した。
「はい」
「え?なにこれ?」
「ワスレモノ」
和義は笑った。
「え?」と戸惑う朝子に照れながら言った。
「えっと、あれだ、あれ」
「え?なに?」
「なんつーの、最近『トモチョコ』ってはやってんじゃん?」
「う、うん」
「俺、由実子のこと好きだけど」
「うん、知ってる」
――再確認、させられた。
「だけど、トモダチでいたいから。朝ちゃん」
「何言ってんの。バカじゃないの」
――だけど、そう言ってくれたのが嬉しかった。
「とりあえず、もらっといて」
「……真似しないでよ」
「じゃ、渡したからな」
「……うん、ありがと」
「うん」
和義がドアを開けて教室の中に入り、後ろ手でドアを閉めた。
――トモダチ。こういう場合、贈り物はきっと、割れやすいクッキーより、しっかり固めたチョコレートの方がいいのかもしれない。
そんなことを考えて、朝子は手元の紙袋を見つめて、ひとり呟いた。
「……バカ」
ホームルームを報せるチャイムが鳴った。
先生が朝子に声をかける。
「委員長、おはよう」
「おはようございます」
朝子の手元に目をやって言った。
「あ、そうか、バレンタインか今日」
「あ、えっと、はい」
「どうりでにぎやかなわけだ」
先生は笑って言った。
朝子はなんとなくあやまった。
「すみません」
それを見て、朝子に言った。
「よし、じゃ、ホームルームはじめるぞ」
先生はこういうのを許してくれる。
だけど、みんながちゃんと、先生が許してくれる理由をわかってるから。
朝子は「はいっ」と元気よく返事をすると教室のドアを開けて、声を投げた。
「先生きたよー」
教室がだんだんと静かになる。
先生はわざと入るのを待っている。
みんなが嬉しそうに、だけどちゃんと席に着く。
先生が許してくれる理由を、ちゃんとわかってる。
ドアが開いて先生が入ってくる。
「おーい、席つけー。今日は妙ににぎやかだな。なんだなんだ?」
いつもより、楽しい日は、いつもより、ちゃんとできる。
一番後ろの席に座って、委員長として思う。
――不思議。
先生はいつものように、声を投げた。
「はい、じゃ、ホームルーム始めるぞー。委員長、」
朝子はその声を受け取る。
昨日までの朝子より、ちょっとだけ元気が増えたその声。
「きりーつ!れい!着席!」
朝子の声は教室の全員に届いている。
そうやって今日もまたホームルームが始まった。
朝子は右隣に並んだ席に目をやる。
親友が小声で話しながら笑っている。
その親友の向こう側の彼が、朝子に気付いて笑った。
笑顔がたくさんある、それが今日の朝の風景。



――小説版『バレンタインのワスレモノ』  おわり――



/////あとがき/////

ボイスドラマ企画の脚本として書き上げた作品です。

脚本を短編小説に書き換えました。

ボイスドラマ企画はゆっくりとですが進行中です。

完成したらここで報告したいと思っています。

コメントいただけると嬉しいです。m(__)m


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