『 記憶 』


***シーン008 @峰島文雄


朝日が昇って、病室の薄い白いカーテンの向こうに光が差した。
それを見届けてという訳でもないが、娘の唯がやっと眠りについた。
「おかあさんが目を覚ますまでここにいる」と言い、私と一緒に並んでパイプ椅子に腰掛けていたが朝日の輝きを目にすると一つ大きくあくびをした。
ナースセンターの『センター長』と名札に付けたベテランの看護士さんに「予備のベッド、持ってきた方がいいですね」と勧められた。
言われるままにお願いし、持ってきてもらった。正解だった。景子が眠るベッドのその半分くらいの高さのベッドで、先ほど、つい30分ほど前、唯が眠った。
昨晩、日下部と二人で医師に話を聞いた。
「今のところ、異常は見られません。検査結果も特に注意する結果はあがりませんでした」
その言葉に安堵した。
「ただ、頭部を軽くですが打撲しています。おそらく気を失って倒れた際のそれだと思われます。念のため、検査入院の手続きをとっていただいた方が良いかと思います」
そう言われた。
日下部は帰るとき「なんかあったら連絡くれ、力になるから」と言ってくれた。それが、心強かった。
眠っている景子と唯の寝顔を見比べる。
いつの間にか唯は高校生になっていて、その分、景子も歳をとった。
唯が生まれて、17年が過ぎて、もうすぐ18年になる。夫婦になって、18年が過ぎるのだ。
景子が倒れて、病院に運ばれて。嵐のような昨晩が過ぎ、嘘のような静けさが今を流れている。
景子の髪を撫でた。
静かな顔をして、眠っている。
早く目を覚まして欲しい、大丈夫だと言って欲しい。「なんでもなかったの」と笑って欲しい。
そう切に願う自分の中で、小さく「このまま少し休んでもいいよ」と景子に言ってしまう自分もいる。
母親として、少し、家庭を任せすぎたのかもしれない。
まぁ、点滴をうって、休養をとれば、またすぐ家に帰れる。
家に帰ったら、料理でもしてみよう。そうすれば、また、笑顔が見られるのだから。
私は再びパイプ椅子に腰掛けた。
唯が静かに起きあがった。
「起きたのか?」
「うん」
眠い目をこすって、景子の方に目をやる。
「おかあさんは?」
「まだ、眠ってる」
唯は壁に掛かった時計に目をやった。
「まだ、こんな時間だもんね」
そう言ってベッドの上に座ったまま、ぼんやりと背中から差し込む朝日に照らされた自分の陰に目を落としていた。
「ん……、んん」
景子が眉間にしわを寄せた。
唯が飛び起きて、呼びかける。
「おかあさん!」
景子はまだ苦しそうにしている。
「景子!」
私の声に反応して、景子は目を開けた。
そして勢いよく上半身を起こして、頭をかき乱す。
唯がうれしそうに声をあげた。
「おかあさん!」
私も安心した。
元気になったじゃないか。
「景子、」
私の声を振り切って、景子はまっすぐ正面を見据えたまま言った。
「宿題、やんなきゃ」


  つづく