『 記憶 』


  ***シーン007 @景子


学校からの帰り道、自転車を押して歩きながら、台本の一行一行に目を通していく。
秋の文化祭が終わって、私の高校最後の舞台が終わった。
みんなで創った舞台は、3ヶ月近く練習して、夏休みも毎日のように練習して精一杯やり終えた。
台本にはいくつも赤ペンが入っている。
読まなくても、台詞一つ一つが頭の中で声になる。文字が仲間の声になって、目を閉じると表情や演技、照明が輝きだす。
最後の公演から2日経ったけれど、まだ、この台本が離せないでいる。
もうすぐ進路を決めなければ行けないというのに、だけど、表紙にみんなが書いてくれた寄せ書きを見るたびに思う。
舞台をやってよかった。演劇部に入ってよかった。と。
家の前に着いて、自転車を置く。そして、鞄に台本をしまう。
ずっと見ていると、お母さんに心配をかけてしまう。
「ただいまー」
玄関で靴を脱ぎながら、声を放り投げた。
仏間を通って奥の階段から二階へ上がる。
教科書と大学ノート、鉛筆の入った筆入れを持った。それから台本を教科書とノートに挟むように隠してから階段を駆け下りた。
食卓の上に置かれたうちわを手にとって、縁側に向かう。
プリーツのスカートを広げて足を投げ出して座る。
縁側の木目の床がひんやりと冷たくて心地良い。
台所にいるはずのお母さんに声を投げる。
「おかーさーん」
白い割烹着で手を拭きながらお母さんが麦茶を持ってきた。
「もう、帰ってきたんなら制服ぐらい脱いだら?」
そう言うと、膝を曲げて静かに正座で座ると、私の湯飲みに麦茶を注いでくれた。
「今から勉強しようと思ってるの。勉強するときは制服着てないと身が入らないから」
お母さんは笑いながら立ち上がる。
「飲み終わったら、持ってきなさいね」
私はお母さんの背中に「はーい」と返事をする。
麦茶を一口飲んでのどを潤す。
秋の日差しが縁側を包み込む。
ごろんと俯せで横になって、教科書と、ノートを広げる。鉛筆も出す。
そしたら、まず、台本を広げる。帰りながら読んだところの続きを開く。
一行読んだだけで、その世界に吸い込まれていく。
私はこの感覚がすごく好き。純粋に好き。
ちょうどこの頁の、この場面。
文雄が言ったっけ、
「好きじゃないと。もっと主人公を好きになってあげないと、僕はその演技を認められない」
あの日から、みんなの演技が変わった気がする。
何が。というわけじゃないけど、みんなの本気が伝わってくるようになった。
みんなでつくることも好き。だけど、みんなの本気をぶつけることの方がわくわくするなんて知らなかった。
秋の風が通り抜けていく。
またあの輝きの中で、本気になって、夢中になりたい。
そして、閉幕のときの拍手が胸の中を掻き回す感じにもう一度出会いたい。
それが、今の思い。
「さてと、宿題やんなきゃ。もうちょっと後回しにしようかな。あー、でも試験近いしなぁ。
私は台本を顔に載せて両手を広げて縁側で大の字になった。
ふと考える。眠ったら、こうやって台本被って眠ったら、もしかしてまた、夢の中でも舞台に上がれるのかな。
私は仰向けになって目を閉じた。


  つづく