『 記憶 』
*** シーン001 @峰島文雄
久しぶりに私を誘った男は「呑みにでもいこう」と言ったにもかかわらず、「少し遅れる」と連絡をよこした。
JR桐里駅は夕暮れを過ぎて人の波が落ち着いた。ここが大学の多い学生街だからだろうか。
改札を出て柱の陰に移動する。私は足元にパソコンの入った黒い仕事用の鞄を置いてネクタイを緩めた。
40歳を過ぎると鞄が急に重く感じる。
ふと大学生の頃この柱の周りで仲間と一緒に終電ギリギリまで騒いでいた記憶がよみがえってきた。
当然のように電話の向こうの声はそのときとほとんど変わらない。
が、ほとんどと言ったのは、私が大学生だった当時はケータイ電話のような便利な代物はまだ登場していなかったのだ。
視界のはずれに小さく、それでもまだしっかりと存在している公衆電話が懐かしく思えた。
そのとき私の胸ポケットでケータイ電話が主張した。
かかってきた電話越しに少しだけ不機嫌な顔をして言った。
「で、何時頃なんだ?」
「峰島ぁ、悪ぃんだが、あと5時間ほど遅れそうだ」
「……5時間?勘弁してくれよ」
私が言いかけた次の瞬間、
「なんつってな」
そう言って電話の向こうの男は私の右後ろからひょっこり現れた。
サングラスにボーダーのラガーシャツ。なんともラフな登場だ。
日下部行雄。高校からの親友だ。
「峰島、元気してたか?」
「まぁ、ぼちぼち」
私はそう答えた。
日下部はあごでこれから行く方向を指して言った。
「とりあえず、予約してあるんだ。行こう」
歩きながら日下部は大きく深呼吸して言った。
「はぁ~、なんともうまくいかねぇよ」
「何が?」
「お客が何を求めてるかってやつさ」
「業種は変わっても悩みは同じってことだな」
「いいじゃないか、BtoBなら直接聞けるんだ、まだマシだよ峰島は」
そうでもない、と言いかけてやめた。日下部が言いたいのはこの次の言葉だ。
「こっちは求められたものを完成させられるわけじゃない。創造して、なおかつ2年、3年かけなきゃお客に見せられないんだ」
産みの苦しみはどこも同じだ。だが、理解できるのは日下部がやっている仕事がなにかの製造業という訳じゃなく--
「創造業はしんどいぞ」
そう言って日下部は笑った。
久しぶりに会った親友は言葉じゃなく、笑顔で「やっぱり俺の仕事は楽しいよ」と報らせてくれた。
その素直さがいつもうらやましい。学生のころからそれは変わらない。
駅からほんのすぐのところに店はあった。「予約してある」と言ったわりにたどり着いたのは赤い提灯を下げた屋台だった。
日下部は「ここがうまいんだ」そう言ってのれんをくぐった。
くぐりながら座りながら、私も続いてくぐりながら座りながら、日下部が言った。
「おじさん、予約してたクサカベです」
屋台の対面に日焼けした人の良さそうなおじさんが七輪に炭をくべながら言った。
「あぁあぁ、はいはい、予約していた、クサカベさんね。席開けて待ってたよ」
日下部はニヤニヤしながら言った。
「な?言ったろ?俺レベルになると顔が利くんだ」
私はおじさんをみると、右手で焼き鳥を炭の上に載せながら、左手を扇いで、口パクのまま声を出さずに「いやいや、そんなわけないよ」と笑った。