「風評」という言葉を大辞林で調べてみると、
「(よくない)うわさ。世間のとりざた」
とでていた。原発で農家が大打撃、ホウレンソウや原乳の放射能物質の基準値が
上回ったと政府が発表したことが原因。ならば、風評に伴う被害を「被害者意識」で
語ることは国民の健康を害さないだろうか?わたしが日本人をイヤだと思うのは、
まずは飛びついてしまうこと。テレビで「納豆がダイエットに効く」とあれば納豆は
売り切れ。逆に今回は「納豆がない」とあれば水戸の納豆に飛びついて売り切れ。
なにより、茨城で作られる水戸の納豆は安全なのだろうか?『心身自在』(アンドル
ー・ワイル著 上野圭一=訳 角川文庫出版)でワイルはこうかいている:
「ここでもういちどくり返すが、放射線の安全な被曝量などというものはありえない。
遺伝子と免疫系を損傷するリスクは、その人が生涯にわたって被曝した放射線の総
量にかかわるものであり、どんなに少量でも、累積することによってリスクを高める
危険性がある。人体にあたえる放射線の量は微量であり、問題にするに足らな
いと主張する人を信じてはならない。」
もうひとつ日本人をイヤだと思うのは、価値観が一方的になりすぎること。自粛ムー
ドでただでさえ不況の経済がますます停滞気味で、お花見もままならないらしい。マ
スコミにでてくる放射線の専門家はどうしたことか口をそろえて「大丈夫、基準値
よりもかなり下」挙げ句の果てには「放射能物質は食べても出てゆく可能性が高
い」。口裏を合わせているとしか思えない。科学者として恥ずかしくないのか?だい
たい原発を「いまだ予断を許さない状況」ってマスコミは連日報道しているけど、当た
り前ではないか。ウランの半減期は45億年。人間が死んでもウランは一つ下の元
素にさえならない。そういった恐ろしい化け物を扱ってしまったことの方へ焦点を向
けるべきではないだろうか?で、今の問題ある行政では国政にまで影響を及ぼす都
知事選、目が離せない。
じゃ、またね~。