ここ約一週間、物が食べられない・水分とれない・寝不足の体調不良で家で大人しくしていました
しかーし日付が変わったので正確に書くと昨日2013年12月13日(金)夕方4時半頃とうとう耐えきれず赤嶺レディースクリニックに電話して上記の体調不良を訴えるも、
「12週と言ったら一般的にはつわりがおさまる時期。ムリして食べずに食べられる物をご家族にお願いして買ってきてもらう。」などと育児書にも書いてある内容を言うだけ
約一週間耐えに耐えたがどうにもならないから電話したのに…
結局あれから7時間後の午後11時半過ぎに再度電話
「夕方電話もらって先生に報告すると、琉大病院への紹介状書いて渡したから、それ持って琉大病院の救急に行って下さいとの判断でした」と…
琉大病院への転院の紹介状は2013年12月13日に取得済み
早速タクシーを呼んで浦添の家から1人琉大病院へ
救急受付で赤嶺レディースクリニックからの指示だと伝えると
「この紹介状は産婦人科の先生宛てなので救急では使えません」
『でも私は赤嶺レディースクリニックのナースから指示されて来ました』
と本当の事を言い、夜間救急だから産婦人科の先生はいないけど救急の先生が診てくれる事に
血液検査をして、脱水やら色々な心配項目を調べるから血液検査する事に
検査結果出るまで40分待ち
ベッドの上で待ちました
先生に診てもらう前に彼に
『琉大病院の救急受けている』
「えっ?何で?気分悪いの?」
『うん。悪い』
とラインして診察室へ
血液検査の結果は異常がないが、希望すればビタミンの入った点滴はしてくれるとの事だったのでお願いしました
その時点で日付変わって今日2013年12月14日(土)午前1時半
点滴開始。予定は2時間半~3時間
病院だからとの安心感と共に点滴もしているから更に安心して眠ってしまった
気付いたら点滴が終わり起こされた
無事帰路につく途中、携帯の画面を見ると何もメッセージや着信はない
そう彼は私が1人で琉大病院の救急に行っている事を知りながら毎月一回の職場のもあいから心配する様子もなくメッセージすら入れていない
約一週間体調不良なのを誰よりも間近で見ている人なのに体調不良の私を放置してもあいに参加しているのだ
浦添の自宅に帰り、家に入ると真っ暗
心配して起きている訳もなく私は1人寝室へ
※別々の部屋に寝ている
呆れて物が言えない
人を労る気持ちがやはりない
これも将来への証拠日記だ
Android携帯からの投稿
しかーし日付が変わったので正確に書くと昨日2013年12月13日(金)夕方4時半頃とうとう耐えきれず赤嶺レディースクリニックに電話して上記の体調不良を訴えるも、
「12週と言ったら一般的にはつわりがおさまる時期。ムリして食べずに食べられる物をご家族にお願いして買ってきてもらう。」などと育児書にも書いてある内容を言うだけ
約一週間耐えに耐えたがどうにもならないから電話したのに…
結局あれから7時間後の午後11時半過ぎに再度電話
「夕方電話もらって先生に報告すると、琉大病院への紹介状書いて渡したから、それ持って琉大病院の救急に行って下さいとの判断でした」と…
琉大病院への転院の紹介状は2013年12月13日に取得済み
早速タクシーを呼んで浦添の家から1人琉大病院へ
救急受付で赤嶺レディースクリニックからの指示だと伝えると
「この紹介状は産婦人科の先生宛てなので救急では使えません」
『でも私は赤嶺レディースクリニックのナースから指示されて来ました』
と本当の事を言い、夜間救急だから産婦人科の先生はいないけど救急の先生が診てくれる事に
血液検査をして、脱水やら色々な心配項目を調べるから血液検査する事に
検査結果出るまで40分待ち
ベッドの上で待ちました
先生に診てもらう前に彼に
『琉大病院の救急受けている』
「えっ?何で?気分悪いの?」
『うん。悪い』
とラインして診察室へ
血液検査の結果は異常がないが、希望すればビタミンの入った点滴はしてくれるとの事だったのでお願いしました
その時点で日付変わって今日2013年12月14日(土)午前1時半
点滴開始。予定は2時間半~3時間
病院だからとの安心感と共に点滴もしているから更に安心して眠ってしまった
気付いたら点滴が終わり起こされた
無事帰路につく途中、携帯の画面を見ると何もメッセージや着信はない
そう彼は私が1人で琉大病院の救急に行っている事を知りながら毎月一回の職場のもあいから心配する様子もなくメッセージすら入れていない
約一週間体調不良なのを誰よりも間近で見ている人なのに体調不良の私を放置してもあいに参加しているのだ
浦添の自宅に帰り、家に入ると真っ暗
心配して起きている訳もなく私は1人寝室へ
※別々の部屋に寝ている
呆れて物が言えない
人を労る気持ちがやはりない
これも将来への証拠日記だ
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