天保山へ向かう船はちょうど出たばかりだった。
すっかりペンキの剥げ落ちた木製のベンチが
初冬のやわらかい陽射しをうけている。
ごく自然にそこへ腰をかけた。
彼女の前髪をゆらす潮風が湖北の女性らしい
透き通った疎水にサクラの花を添えた清潔感のある香りを
そよがせている。
波にきらめく陽光がやけに眩しくて目を細めた。
「すぐそこに見えているのに船で渡らないとダメなんですよ。
近いようで遠いでしょ。」
隣のベンチでのの字になって寝ていた虎模様の猫が
起き上がり、目いっぱいの伸びをした。
「思ってるほど遠くないと思いますよ、私は。」
そのころにはもう船が対岸に着いていた。
「私たちも。」
その言葉に心高鳴った。
少し前より暖かくなっていくのが心地よい。
いつまでもここでこうしていたいと思った。
天保山の岸壁を折り返す船がまたここから出発するのは
二十分ほど後になる。
