監督:阪本順治
原作:福井晴敏「人類資金」(講談社文庫)
脚本:福井晴敏、阪本順治
出演:佐藤浩市、香取慎吾、森山未來、観月ありさ、石橋蓮司、豊川悦司、寺島進、三浦誠己、岸部一徳、オダギリジョー、ユ・ジテ、ヴィンセント・ギャロ、仲代達矢、ほか
2013年 |
一生懸命応募した甲斐あって、今日『人類資金』を一足早く観ることができた。現在進行中の小説は、3巻までしっかり読み、この壮大なストーリーをどうやって2時間ちょっとに収めるのかが、最大の関心事であったから、おのずと鑑賞姿勢も普通の映画とは異なってくる。M資金のことは、映画の話が出る前に聞いたことがあったし、原作も途中までとは言え読んでいた私にも、映画の筋を追うのはなかなか大変だった。講談社の回し者ではないが、これはやはり原作は読んで映画に臨んだほうがよいだろうと思う。ストーリーはわかるし、エンディングもわかるし、M資金とは何か、"M"とは誰であり何を目指しているのか、すべて納得はできたものの、いかんせん時間が足りない。映画で描かれていない細部を、原作を思い出しつつ、脳内で補完するという作業が必要だった。従って、3巻までのところは、非常によくわかるが、まだ刊行されていない4巻以降にあたる部分では、どういういきさつでこうなったのか、掴みにくいところがあったのも事実である。
でも面白かった。確かにエコノミック・サスペンスではあるが、原作の印象よりも映画は"人間寄り"に描かれていると思う。それはとりわけ石優樹(森山未來)に関して、そう言うことができるのではないだろうか。森山は登場シーンも多く(ほとんど出ずっぱり?)、よくあれだけの量と質をこなしたと感銘を受けた。アクションはもちろんのこと、何カ国語をもあやつり、クライマックスの感動的なシーンを含めて、キャストの中では最も印象に残る石という役柄を見事に演じていた。
主演の佐藤浩市は、今回むしろ"受け"の演技が印象的だった。森山と一緒のシーンでは森山を盛り立て、香取と一緒のシーンでは香取を盛り立て、自身は格好良さを捨てて、物語に同化していたように思う。詐欺師として活動しているときの喋り方が見事。それが、M資金の話に巻き込まれてゆくと、ガラッと変わってゆく。張り詰めた空気の中で、コミカルな要素も見せてくれる。終盤頃の真舟のある台詞で、会場には笑いの波が広がった。
オダギリ演じるロシアのヘッジファンドの代表・鵠沼は、原作では第3巻目に延々と登場するのだが、映画での登場時間は少なかった。それでも、結構サマになっていると思えるロシア語も新鮮だったし、にこやかな顔から苦悩の表情まで、いくつもの顔を見せてくれた。スーツの格好良さは言うまでもない。ロングショットのシーンで、あ、これはオダギリのアドリブかなと思わせるような仕草もあった。
不気味な清算人を演じるユ・ジテは、その恵まれた体格もあって、迫力満点。顔がよく見えなくても、身のこなしや背中の表情で演技のできる人だと思った。
観月ありさ演じる防衛省秘密工作員・高遠美由紀は、原作ではもっと書き込まれていたので、ちょっと物足りない。男ばかりなので、花を添えるために登場させた人物にしか見えないのでもったいない。
初期脚本のどこを削ぎ落とすかで、阪本監督、福井氏が相当苦労したのはよくわかるが、原作にもっと色濃く出ていた政治面が映画ではいっさい出て来ないので、その分、ストーリーが甘く感じられもした。オダギリは短時間でも印象深かったので、もったいないとは思わなかったが、豊川悦司は確かにいかにももったいない。
第1回目の鑑賞では、全体の流れをつかもうと思っていたので、オダギリのことも克明に見たわけではない。2回、3回と観て、もっと細部にも注目したいものだ。
なお、上映後のトークショーは、「学生30人との激論」と銘打っていたが、学生は一様に大人しく、メモを読み上げるだけの頼りなさ。激論のかけらもない。あれなら、福井・阪本・古市の3人だけで喋ってくれたほうがよかったと思う。公式サイトのNEWSには、すでにトークショーのレポートが挙げられている。
(2013.9.21 東京国際フォーラム ホールCにて)
***** 以下ネタバレのため白文字に *****
原作では真舟の詐欺師と師匠にあたる人が殺されるのだが、映画では真舟の父ということになっているらしい。そのシーンは回想なのだが、原作を読んでいないと、現在なのか過去なのか、おそらくよくわからないのではないだろうか。
鵠沼を騙して、10兆円をM資金から引き出させる経緯は、ストーリー上重要だと思うし、前半の山場だと思うのだが、駆け足だったため、何がどうなったのかわかりにくい。
さらに、"市ヶ谷"がなぜ真舟を追うのかも、納得の行く説明がなされていないように感じた。
これらは、2回目を観る楽しみに取っておこう。