明けましておめでとうございます。


またまたの…久々になってしまいました。深く潜行していました。


2011…皆さんは素敵な新年を迎えられましたか?


自分にとっては、新たな「挑戦」への1年となります。果たしてどんな年になるのか…自分次第ですね。


皆さまにとって、素敵な1年になりますように…


今年もよろしくお願いいたします。



先日の勉強会のために作成したプリント資料は、こんな感じでした。主たるは、「教育」の「見える化」。その中でも、教師としての自分を「見える化」してみるということ。「教師力」についてをメインに見つめ直すこと。


★「先生の教科書」 Mission : 教育を「見える化」する!□1枚目□


■1…「先生」(教師)としての自分を「見える化」してみよう!


 Q1.自分は、どんな教師になりたいのか? 【目指す理想の教師像】とは?
 
Q2.それは、なぜ? 

Q3.では、「その教師」になるために、どんなことをしようと考えてますか?何をしていますか?   【目指す教師像具現化のための努力】

Q4.「ただの先生」と「ただものでない先生」の違いって、どんなところらあると思いますか?

Q5.目指すところは、「本物の教師」。この「本物の教師」って、どんな教師のでしょうね?

Q6.さらに、「本物の教師」になるには、何をすればよいのでしょうね?


★「先生の教科書」 Mission : 教育を「見える化」する!□2枚目□


 ①「どうして先生になったの?」

  「子どもが好きだから…。」 →果たして…?


 ②「いつか自分もしっかりした先生になれるかなぁ…?」

「まあ、経験していくうちに、いろいろわかってくるから…」 →果たして…?


■最初の質問プリントについて…

 ・いくつの具体策が書けるかが、ポイント。

 ・これらの具体策で本当に実現できるのか…という有意性。

 ・「毎日、子どもたちのために一生懸命頑張る」「先輩を見て勉強する」など、抽象的ではなく、より具体的に書                      けること。それが「学ぶ」という視点で書かれていることが大切だと思う。


○描く理想・目標・理念等←「実現のための具体策」 … だからQ1~3のように、この思考パターンや構築パターンがこれからの大きなカギ・ポイントである。


・「ただの先生」にはこれができない。できていない。苦手。最悪は、「分からない」こと。気づかない、気づけないこと。そして、学ぼうともしないこと。逃げてしまっていること。


・「違い」…細かいところを見れば、幾千もの違いがある。その大きな違いこそ、ここにある。
ということは、この力を身につければ…

■原点…「先生」(教師)を「見える化」してみよう!


 ●「教育」…「核心」って、抽象的で良い!

・教育の答えは、一つではない。
・教育における「ベスト」は、それぞれの場面に一つ以上あるはず。
                    →多角的・多面的見方・考え方…意外に難しい?
    「ケースバイケース」 
実態の違い。
      一人ひとり違う。
○だから、「真理」=「核心」を追求すること。そこにベストな具体策が生まれるはず。
ex. 「論語」を学ぶこと。


 ●そのために必要な訓練や思考、身につけたい「力」とは? 
                        →ここに教師としての「学ぶ意義」がある。
・気づける力、創造力、コーディネート力、マネジメント力、主観と客観の上手な使い分け、 

   第三者的見方・考え方、自己評価力、「見える化」できる力…
                      →これらがベースにあっての「教師力」なのである。


●「本物の教師」って?

・「教師力」を磨き、高めていくことのできる教師
                        →そのために学び続けていくことのできる教師
  
・「学び」と「実態」を結びつけて考え、実践していくことのできる教師。
         →つまり、子どもたちを「育てる」ことのできる教師。


・集団の中で「育てる」!→どういうこと? 1対1ではない。これがミソなのかな…?


と、2枚目までは、このようなことを軸に考え、話し合いました。


齋藤孝著「勉強力」より


とても参考になる本だった。考えさせられた。


○企業→学校
○社員→教師
○仕事力→教師力
などと変換して読んでみるのも面白く、とても考えさせられる。


※例えば…一部を抜粋してみると、


▼現実問題、ビジネスパーソンをはじめとする社会人は、リストラだの、派遣切りだの、仕事をする環境が厳しい社会のなかで生き抜いていかなければならないという宿命を負っています。では、仕事を続けてキャリアアップしていく人と、「失業予備軍」入りしてしまう人は、どこが違うのでしょうか。分岐点になるのは「向上心を持って勉強しているか否か」にあると、私はおもいます。こればかりはごまかしがきかないというか、すぐにバレます。


▼会社は「勉強力」のある社員しかいらない…会社は「自発的に勉強して、どんどん伸びていく人かどうか」を、常に見ている。言い換えれば、広い意味での「勉強力」を見ている、ということです。これを自覚しているビジネスパーソンは、意外と少ないのではないでしょうか。目の前の一つひとつの仕事に気をとられて、「仕事力」と「勉強力」が直結していることに意識がおよんでないように思います。そこに気づくことが、「仕事力」に直結する「勉強力」を磨くことの第一歩と言えるでしょう。


※……以上、一部抜粋


さて、以上の文章を自分なりに学校に、教育にあてはめて解釈してみた…ちょっと強引かもしれませんが


▼学校…原則として、教員は、リストラだの、派遣切りだの、仕事をする環境が厳しい社会のなかで生き抜いていかなければならないという宿命を負ってはいない。


たとえ「不適格」と思われていたとしても、そう簡単には首にならない。


さほど勉強をしていなくとも、何とかやっていけてしまう。


では、キャリアアップしていく教員と、そうでない教員は、どこが違うのか。


分岐点になるのはやはり「向上心を持って勉強しているか否か」にあるのではないか。


こればかりはごまかしがきかない…この点も同様だと。


▼本来…学校は「教師力」のある教員しかいらない


子どもや保護者は「子どもたちをどんどん伸ばしてくれる教師かどうか」を、常に見ている。


言い換えれば、広い意味での「教師力」を見ているということ。


これを自覚し、勉強している教員は、意外と少ないのではないか。


目の前の一つひとつの仕事や事象に気をとられて、「教師力」と「勉強力」が直結していることに意識がおよんでないように思う。


そこに気づくことが、「教師力」に直結する「勉強力」を磨くことの第一歩と言える。


◇このように言い換えて文章をつくると感じること…何かありましたか?


げ~っ!なんて厳しいことを。ちょっと言い過ぎじゃない?!


こんな感想をまず口にするのが教員なんじゃないかなって、想像しちゃいました。


でも、企業関係の社員は、同じように書かれていたんですよね?


企業関係の社員として書かれている文章を読んだ時までは、きっと「ふむふむ…確かにそうかもしれないなぁ」とある程度、納得しながら。


しかし、言葉を入れ替えてみると…という不思議な現象なんですねぇ。


もちろん自分もそれを感じました。


感じたからこそ、これではダメなんだと…自分を戒めました。


逆に、そこまで…と感じ、何らかの抵抗感があった背景には、「確かにその通りだ」というものがあったから…ということも事実なのではないでしょうか?


不思議なものです。


まあ、特殊な職業だから…で、くくってしまったら、きっとそれで止まってしまい、あとは…


少なくとも自分は、止まりたくない!と思ったので、前に進むことにしました。


もちろんこの本に書いてある内容すべてが当てはまるわけではありませんので、自分の琴線に触れた部分の取捨選択ですよね。