「学校世界」とでもいいますか、もっと限定するなら「先生世界」。

この世界の「当たり前」って、意外に当たり前でないことがたくさんあるように思います。

一つ一つ自分の頭の中で考え直し、再構築してみると、とてつもなく変わる部分が出てくるのではないかなと思っています。

つまり「意味づけ」をどこに、どのように…というちょっとしたことなんです。

例えば…

○日直当番は、なぜ必要?なぜ?

○リーダー育成って、必要?なぜ?

○学級日誌なるものを使っていますか?なぜ?

○朝の会や帰りの会のスピーチは、必要?なぜ?


子どもたちの多面的・多角的な思考、見方・考え方をつけたい、伸ばしたいとよく言われます。もちろんそれを目指して指導もしています。

同じように、上にあげた例について、2つ以上の理由で、その必要性や意義を述べてみませんか?


こうして再構築したことこそ、本当の指導・支援となり、子どもたちを「育てる」ことにつながっていくのではないのでしょうか?

なぜ、こんなことを考えるようになったかというと、以前、ある先生に、

「どうして一分間スピーチを朝の会に入れなきゃならないの?」と聞くと、

「前の学校でみんなやってたから。コミュニケーション能力のため…」

まあ、これを筆頭に「先輩の先生がみんなやってる…」的発想なんです。

それでも良いでしょうが、自分なりに意味づけされてないのです。

自分の学級経営のどの部分に生きるのか、子どもたちをどう育てたいか…につながらない。

先輩の先生方もしっかりと教えてあげてない。教えてあげられない…?

最低「2つ」の理由…ここが重要なんですよね!