おだ語り

おだ語り

カナダ、モントリオールのダウンタウンに佇むMcGill University(マギル大学)で学ぶおだが、日々の生活で感じたことや学んだこと、刺激を受けたことなどを自由気ままに語る場所。

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1月の4日から新学期、Winter Semesterが始まりました。
2月に入り、まだ少し雪が降るものの、毎日平穏で楽しい日々を過ごしています。

さて、1月24日にとあるワークショップに参加したのですが、とても印象深い出来事だったのでぜひこの場でお話させてください。

そのワークショップは人種差別がテーマでした。約3時間にわたり、レクチャーを受けるだけでなく小さなグループで話し合いをしたり、ビデオを見たりして、人種差別に関する知識や情報を得たわけなのですが、ここでひとつ問題が。

一見すると、とてもinformativeですよね。そして、学ぶ内容もとてもconvincingに聞こえます。
多様性のある環境で、様々なバックグラウンドを持った仲間と一緒に学んでいくうえでとても大切なことだ…そんな気持ちでこのワークショップに臨んだのですが、
どうやら私は考えることを怠ってしまったようです…

ワークショップが終わってから、こちらの親友に「終わったよ!」とメッセージを送りました。すると、何日か前に同じワークショップを受けたその友から「どうだった?」と聞かれ、私は素直に感じた事を素直に伝えました - 「良かったよ!勉強になったよ。」と。

すると、
「本当に...?本当にそう思ったの?」との返事が返ってきました。


色々な理由が相まって詳しく内容までは書けないのですが、
その後彼の話を聞いて私は人生においてとても大切なことを学びました。それは、

「情報を鵜呑みにするな」

ということ。


少し前からメディアでよく「デマに流されるな」と聞きますよね。今となってはそんなこと当たり前だ、わかっている、だまされるわけがない...そのように思いがちだと思います。
しかし、知識として頭の中に入っているということと、それを実行することができるということは、まったく別のものだと私は考えます。
どんなにわかっているつもりでも、それが実行できないことがあります。おそらく、練習を重ねなければ、実際に知識を行動に移すということは難しいのだと思います。
だからこそ、私は今一度、このことについて深く考え、見直したいと思うのです。

高校生の頃、critical thinking、批判的思考についてのエッセイを書いたのですが、頭でそれがどういうものなのかよくわかっているのにもかかわらず、それをどうして私はあの時のワークショップで実行できなかったのか…それを私はとても悔しく思うのです。
Critical thinkingはリーディングや、ライティング、ディスカッションなど、様々な場面で使うことができます。
しかし思うに、大事なことは、それを普段から使うことです。

日本の教育は、北米などに比べるとはるかに受動的な授業が多いように感じられます。
加えて、今は変わりつつあるかもしれませんが、少なくとも私が中学生や高校生の頃は先生のおっしゃることが一番という風潮があったと思います。頭の中ではそう考えていなくても、自然と先生に反対意見を言ったり逆らったりすることはためらわれますよね。
そのような文化的な背景もあり、特に私達は普段から物事を様々な角度から批判的に見るということに慣れていないのだと思います。

先生に刃向かうことが正しいと言っているわけではありません。
私が言いたいのは、

提示されている情報を疑いも考えもせずそのまま素直に受け入れる、その行動に問題があるのではないか

ということです。

私はあの日のワークショップで、
「彼らの言っていることは正しいのだ」
と、疑うことを怠り、完全に自分を失っていました。
しかし、友達はそんな私とは違い、現代の政治について深く理解したうえで自分の考えをしっかりと持ち、柔軟な考えを保っていました。
彼がいなければ、私は情報を鵜呑みにしてしまう危険性に気づくことができなかったかもしれません。

彼らの言っていたことが100%間違っていると言っているわけではありません。しかし、信頼のおけるものが必ずしも正しいというわけでもありません。それがたとえ先生でも、機関でも、権力であっても…。
情報源が何であれ、目の前にある情報を何も考えずに受け入れてしまうことは、一つ間違えれば適切でないideologyや思想に呑み込まれてしまう可能性があります。
教育ひとつを取っても、教育機関の狙いや国の政策によって子供に特定の思想を植え付けることは歴史上でも少なくありません。仮にそれが偏見に満ちたものだとしたらどうでしょう…。信用のできる学校だからといってunquestioningでい続けることが良いこととはとても言えなくなりますよね。


様々な情報の行き交うこの時代に生きているからこそ、私たちは何事においても自身の考えをしっかりと持ち、さまざまな角度から物事を見つめる柔軟な思考を日ごろから持つべきなのではないでしょうか。
 
…今回の経験を通して、そのようなことを学びました。
 
 
2017年2月5日
おだ