ブログネタ:あなたの「座右の銘」教えて 参加中





以前に観た映画で、「Dead poets sosiety」というものがありました。



1950年代、イギリスの全寮制の学園を舞台とした映画で、
その学校に、新任の英語教師がやってきます。


ロビン・ウイリアムスが演じる、キーティング先生は、とても風変わり。

校則のきびしい中で暮らしている生徒達に、
規則や机の上での勉強だけがすべてじゃないんだよ、
自分のやりたいことをやるのが人生だ、
と、行動をもって教えていきます。







そのキーティング先生の台詞で、こういうものがありました。




「Seize the day!」




直訳すると、「その日を手に入れろ」ということですが、
和訳は「今を生きる」になっていました。

映画の邦題は、この「今を生きる」という台詞です。




かつて、詩に凝っていたキーティング先生が、
ローマの詩人、ホラーティウスの詩の中の言葉から引用した台詞でした。
ちなみに、原文の詩では”Carpe diem”(ラテン語)となっています。



キーティング先生との心のふれあいを通して、
生徒達は、刺激を受け、
自分のしたいことを探そうとします。
ところが・・・



という、まあざっくばらんにいうと、キンパチ先生みたいな話なんですが、
私の好きな言葉は、この「seize the day」という言葉です。




今さえ良かったらいいんだ、というのとは違います。
でも、将来のために、今を犠牲にしたり、今必死で我慢をする、というのは、
私は、あまり楽しくない生き方だなあと思うんです。




たとえば、将来、医者になりたいから、キライな勉強を頑張らなきゃいけない。
勉強なんてちっとも楽しくないけれど、
将来のために、我慢して勉強する。


でも、無事、その勉強を頑張って、医学部に合格したら、
今度は国家試験が待っています。
するとまた、キライな勉強を我慢してすることになりますよね。


ようやく国家試験に受かったと思ったら、
今度は研修医。
上の先生からボロクソに怒られて、
でも、りっぱな医者になるために、我慢我慢。







・・・って、こうやって、将来を大切に思うあまり、我慢に我慢を重ねても、
結局、我慢の積み重ね。
いったいいつまで「我慢」したらいいんだろう。






それよりも、今を楽しんだほうがトクです。


今、自分が生きているこの瞬間。
たった一度しかないこの瞬間を、
幸せと思えないのは、あまりにも悲しいことです。
だって、人生っていうのは、一瞬一瞬の積み重ねだから。
その一瞬一瞬が、楽しくなかったら、
その積み重ねである一日も、一年も、人生も、
幸せとはいえないですよね。



もちろん、医学部に受かろうと思ったら、勉強しなくちゃいけません。
でも、「我慢する」んじゃなくて、
しなきゃいけないその「勉強」を、いかにして楽しむか。
もしくは、勉強以外の楽しみを、どうやって見つけるか。











今、この瞬間を。
今日のこの一日を。
少しでも楽しく、嬉しい気持ちで過ごせるように。



自分の人生を輝かせるのは、ほかでもない、自分自身なんですよ。


それが、キーティング先生の言っていた「seize the day!」ではないのかなと私は思います。