12月7日の入院から3ヶ月

2回の転院時の1時間ほどしか会えなかった。


延命措置をしない。とサインした書類処理をしている主治医に私は、会えないんですか?

と問いかけました。

看護師に相談して来ます。


一名づつの面会になります。

許可を貰い

最初は妻である私から。

緊迫した空気の中

主人の居る詰所横の目が届く個室に案内されました。

お父さん〜

明るく接したつもりです。


どした?こんな時間に?


アンタが息しにくくなってる。て電話あったから飛んできたんやん!


WBC見よ思ったらしんどなってな

もうええかなて思ったわ


もうええかな?て思うくらいしんどなったんやな!

しんどかったんやなぁ

ここで泣いてもいいような気がして私は泣けてきました。


泣かんでええがな。痰出すだけやろ。

大丈夫や!死なへんわ!


そう言った主人の目にも涙が溢れてました。

普段涙なんて見せない主人の


主人の涙を拭きながら


そらアンタも泣くわなぁ〜

2人で泣きました。


言葉もなく、ただ主人の手をおでこを撫ぜていました。


また明日来るからな。しっかりな。



ここまでは覚えています。


励ましたところで…本人がしんどいだけ。そんな思いもありましたが主人は頑張ってくれる。希望は捨てませんでした。



続いて娘と義兄が


WBCどうやった?

兄ちゃん頼むわな。


娘とは、オカンに変な色のズボンを買ってくんなて言っといて。なんて、たわいもない話をしたようです。


義兄が控室へ帰ってきて



私はこそっと家族3人の写真を撮りに行きました。

酸素マスクをしててもピースする主人。


その時、酸素がMAX15ℓな事を忘れて

いつもの様に3人で写真を撮りました。



また明日来るからな!バイバイ〜

うんうん頷く主人、手を振る主人。



帰りしな、娘が反対向きにしてもろてたなぁ。と。





まさかこれが最後にらなるなんて。





車で病院のゲートを出て曲がった瞬間に

病院から電話が入りました。


病院に帰って来れますか?!

はい!すぐ戻ります!



3人走って病室に、向かうと

看護師さん2人が主人に何かしてました。

顔色は悪くなってました。

心拍数のモニターは低い数字



ホンマか!ホンマか!頭元で主人の顔を触る私

お父さん〜!お父さん!揺さぶる娘

○○!!何してんねん!!大声をかける義兄








戻って来なかった。









夕方電話くれた病棟医師が死亡確認。

先生も辛そうでした。泣いてくれてました。


看護師さんに、娘と私で身体を拭かせて貰い保湿クリームを塗らせて貰い。痩せ細った主人の全身が綺麗なのを娘と2人で確認しました。オシメのお手伝いも出来ました。娘もいつものようにお父さんに接してました。












病棟医師は研修医

このまま膠原病内科の先生になるそうです。

主人の病例を活かせ1人でも膠原病で苦しむ方を救ってほしいです。




もう10日も経つのに、今頃淋しさが込み上げてきます。健忘録です。

いつか忘れてしまうんだろな。