言われる真魔に膠原病内科

知識のない猿鳥

膠原病??リウマチ??


猿母は

35年ほど前?

昭和60年頃に

膠原病で召されたと聞いてましたが、病状等は、時々入院して、よく家で寝てた。程度しか分からなくて…

膠原病の事をちっとも知りませんでした。



待つだけ待って

膠原病内科の診察室へ自立歩行で入れました。

ずっと首はうなだれたまま

イスに座り

ざっと問診して

ベットで触診


横になるのも起き上がるのも簡単やないのに

膠原病内科のタコ先生は

淡々と事務的に話して

手伝う訳でもなく

パソコンへ向かいがてら

小さな声で

筋炎やな…

とつぶやきました。


鳥??

聞き逃してはならぬ‼️

と携帯の娘のLINEに打ち込みました。

きんえん。と…


聞いた事もない単語‼️

病名なのか⁉️⁉️


タコ先生

また淡々と 

どう?入院する?

入院してもええくらいやけどなぁ

命に関わる病気やないから

早くて水曜日かなぁ〜

猿

え?入院ですか…?!

タコ先生

え?入院せーへん。あ、仕事とか色々あるもんな。

結果出るのに1週間かかるし、入院したって何も治療しないし、また来週にしよか。

猿

あ、はい。


タコ先生

じゃ来週。


説明もなく

何かわからないまま…


モヤモヤしてましたが…

中待合で待ってる間に


牛からLINE

指定難病やん‼️‼️‼️


鳥何それ⁉️

猿え?


それから調べまくりました。が、怖い事ばかり書いてて、理解不能…

単語の意味すら分からず

文だらけで全然頭に入って来ません。

色んな不安が襲うばかりで読むのをやめました。


後で、猿に聞いたところ

起き上がるの必死でタコ先生の声なんて聞こえへんかったらしいです。


この日までは

リビングへ繋がる階段が何とか上がれました。

なんとか自分で起き上がる事が出来ました。


この日を境に

食事も喉にひっかかる感じで、食べやすいものをリクエストするよに。飲み込みにくくツバが口の中で泡立ってる感じ。水分すらまともに摂れないよーに。

寝返りができず、首を動かす事すら出来なくなって、夜中に何度も起こされるのです。もちろん自分で布団から起き上がる事も出来ず、座る事も自分で出来ず、抱き抱えて起こす立たす。座らす寝かす。

痛い痛い痛い痛い熱い。

熱い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

夜中に何度も呼ばれるので

横に寝るよーにしましたが、夜中のトイレで起こすのは一苦労。私も寝起きで力が入らないのです。寝ぼけてるし。

便秘でお腹が張って気持ち悪く、何度もトイレへ行くのですが、出ない。気張れない。パンツ型オシメをしてもなかなか難しい。娘に仕事帰りオシメと浣腸買ってきて〜と何度か試したけど素人ではムリ。

その時出来る事は試しました。


季節は梅雨。褥瘡ぽいのができてしました。

色々ワセリンが活躍しました。


猿入院しても治療しないなら、入院したくない。

って言うから…


1週間後の月曜

膠原病内科受診へ

車椅子で診察室へ行ったのに

それでも膠原病内科のタコ先生は、淡々と事務的。

採血結果見て

筋炎みたいやわ。入院どうする?って聞いてました。

先週断ったのが気に入らないのか?と思いました。


タコ先生

入院する?

ほな、入院手続きして帰って〜



そんな感じ??

それでも

妾もすがる気持ちでやっと病名がわかった。

と、ホッとしたのを覚えてます。


帰宅後の階段は

大判のバスタオルで猿を背負い、休み休み階段を上がりました。50キロ以上ある脱力した大人を背負うのは簡単な事ではなかったです。


2020.7.膠原病内科受診〜

入院まで怒涛の日々でした。


今思うと

タコ先生が簡単に言うから、頑張らないとあかんもんやと思ってました。

そして猿が自覚症状を訴えてないで、入院したないとか言うから、必死でした。


つづく