メンバーの亀井氏がたくさん写真をUPしてくれました。
どうもありがとう。

今日は、臼田が感じた事をちょっと書こうかなと思います。

今回の旅で、臼田が感じた事は「津波の被害は、小さな違いが大きな違い」だと言う事です。

リアス式海岸。
海と山が共存し、島が点在している海岸線。

とにかく、自然豊かで海鮮が美味しく、美しい土地でした。

臼田はとにかく、山と海が共存している姿が美しくて、かなり心を打たれていました。

今回、女川町の第一保育所と第四保育所で演奏をしました。

保育所の周辺は、高台にあるので街並みも、家も残っています。

しかし、第一保育所の前の坂道を下って開けたところに出ると、もう海まですっかり何もない更地です。

ショックな光景が広がっています。

東京で言えば、そこの信号までは家が残っているけど、そこから先は何もない更地。

信号を渡って遊びに行っていた人の家は、全部なにも無くなってしまっている。と言う感覚です。

建物が残っていたとしても、津波によって横倒しになっているか、建物の中まで津波が来たことによって、建物の中のモノは全てかっさらっていかれてしまっている。
という状況でした…。

でも…宮城の人々はいろいろなことを諦めていないんです。

東京から来た自分達を本当にたくさん、もてなして下さいました。

宮城の人達も、自分達が出来る事を毎日、悲しみやいろんな思いを胸に秘めて、精一杯やっているという感じでした。

臼田はそんな人々の、傍にそっと寄り添える人でありたい。

毎日、自分に出来る事を精一杯やって、そっと寄り添える人でありたい。

とにかく、凄くそう思った旅でした。

子供達の印象も、東京の子供達とは違う印象でした。

最近、東京でも保育所で演奏する機会をたびたび、もらっています。

女川町の子供達は少し大人びた印象でした。

元気が無い訳ではないのです。

凄くマジメに演奏を聴いてくれるのです。

でも…なんだか…大人の様子を伺っていると言うか…

何だか、いつもと少しだけ違う緊張感の中、臼田は、子供達が大きな声で一緒に歌えるように、と願いを込めて「とにかく、一緒に歌って欲しい」と思って演奏していました。


演奏中、涙が流れそうでした。


失ったものは計り知れないし、2011.3.11の前と同じ生活は、もう決して出来ません。

でも、宮城の人々は、前を向こうとしていると感じました。

我々もまた、負けてはいられないし、そんな宮城の人々の傍にそっと寄り添える人になりたい。

「自分達に出来る事を毎日、精一杯やる」

もう、これに尽きるのかなと思います。

なんだか上手くまとまりませんが、また宮城県を必ず訪れようと思います。

宮城県の皆さん、本当にどうもありがとうございました。

2012.6.1
臼田克巳