娘の高校受験を目前と控えております。
これまで《小学高学年から》あらゆる進学塾へ
通ってきました。
本人の希望だったのもあるけれど、親として
《なんとか上へ上へ》と焦り始めるのも
ちょうどこの頃でしたでしょうか

途中、転居もあり塾も変わったりしました。
某個別指導の塾、某進学塾へも通わせました。
しかし子供が納得《理解》できる塾は結局は
見つからないまま、試行錯誤の末に話し合い
『独学でやってみる』と決め、塾を辞めたのも
中3に入ってからです、爆笑!
《今までのお月謝は一体…?》
はい、ドブに棄てたようなものでした 

いえ、塾へ通ってドーンと成績が伸びるお子さんもいらっしゃるでしょう

でも我が家は逆だったのです。
好きな事をしながら、
好きな時間に、
好きな教科を、やる。
なので空いた時間はゲームもやりー
空いた時間はひたすら寝むりー
お腹空いた時間に適当に食べるー
これだけでどんだけ甘い親なのって叱られちゃいますね

言えないんです、自分自身がそうだったから。
自身が学生の頃、授業も肘ついてコックリコックリ寝てしまい、担任から教科書で《パコーン》と叩かれた事もあります 

突然、当てられた事もあります

「今、先生が読んだところ読んでみて!」
でも、耳で聞いてました。
授業の内容は全部、耳から入っておりましたので
読めちゃったりします。
悔しそうなお顔をされる先生もいらっしゃいました。
生意気な生徒でした。
なので偉そうに子供には言えないです…。
理解してあげる。事が大切。
その代わり、交換条件を出します。
塾へ通いたいから携帯を買って欲しい
と言われ
と言われ帰りが遅くなりますので、その連絡手段として
携帯を与えました。
その携帯はいつの間にか、友達とのmailやLINEへと発展し勉強どころではなくなりました。
結果、友人との喧嘩に発展し《小6で》
担任の先生をも巻き込む騒ぎとなりました。
言わんこっちゃないです。
それも目に見えてましたけれどね

けれど夜23時過ぎまで塾なので、取り上げるまではしませんでした。
それは中学生になっても続きました。
ですが黙って見てました。
とことん好きな事やり、とことん、どん底へ。
身を以て体験しないと分からないんです。
いくら親がガミガミ言った所で解る筈がないですね。
塾で成果を出せないのは、何故か分かるね?
ある日、言いましたら
娘が突然、号泣しました。
100人ものメンバー相手にLINEをしていて
疲れた…。との事でした。
既読つけたら、すぐ返事をしないと仲間はずれにされる!
メンバーから抜けただけで翌日無視される!
といった内容でしたが、爆笑してしまいました。
雁字搦めに携帯を握り締め、
依存していたと。
「それは私でも疲れるわ~100人もか?無理!
裏が入ったらすぐ切り替えて返事?
よく今までご無事で…
」
」ぐふぐふ笑ってしまいました。
でも、娘が正直に言ってくれた事が
1番嬉しかったです。
何隠さず、本音で言ってくれたこと、
そこは有難うね。とー。
「塾なんだけど…辞める。ついていけない。
だから携帯も解約する。
本当に、ごめんなさい。
お金も、本当にごめんなさい。」
気付いたんだね?なら、いいよ。
と条件を満たさなかった罰として
翌日、解約へいきました。
そして塾も辞めたわけです。
携帯が手元にないと暇です。
暇だから自然と勉強するしかない。
今更、部活も入れない。
上へ~と願っていた私はもう、
せめて高校へ入ってくれさえすれば良い。
と考え方を変えました。
どれだけ頑張ってももう、追いつかないのだから。
そして、この子の伸ばせる部分を伸ばして
あげたい。
そこのみを観察してました。
好きな得意な教科は英語。
洋楽が好きな私がいつも車で流したり、
自宅で聴いたりしてたのもあり、
新生児の時から自然と耳へ入っていたのでしょう、違和感なく好きな分野となってたようです。
なんとなーく?好きかな。っていう程度ですが、
その強い想いが担任の先生に通じたようです。
無事に、推薦を戴ける運びとなりました

英検もなにも持ってないです。
でも頑張りたい!
将来はまだ分からないけど、
語学を生かして世界中の人々との架け橋になりたい。
その思いが通じました。
だまーってこれまで観てましたが、
志は信じようって思います。
晴れて高校へ入れたらまた
携帯が欲しいと言ってますが。

「新聞配達でも何でも自分で働いて、
それで頑張りゃ~!」と
今度は携帯代は自分で責任もって、
自分で払う。
自立。
それが大切かと思ってます。
親は、最後の最後、助けるまで
手出しをしない。
それを教えてくれた祖父母や両親に感謝ですね。
推薦入試は来月です

おっと、長くなりました。
では、後ほど
