おちょこサイドストーリー vol.1

ここに来て3ヶ月は経ったと思う。
ニンゲンの言葉では「ペットショップ」という場所らしい。
意味はわからないが色々な種類の生き物が集まる場所のようだ。

定期的にご飯を用意してくれるニンゲンの顔も覚えたし、
隣の小屋からこっち側を向いて
変な寝顔を披露してくる私とは毛色の違うハムスターとも仲良くなった。
この小屋の透明な壁がジャマをして行動範囲は限られてはいるが、
今のところおおむね快適ではある。

私の小屋がある壁側から部屋の中央にある台座をはさんで
対面の壁側には鳥たちが横一列に並んでいる。
よくピーピーと鳴き声を上げるが、
それも今となってはよきメロディーのようだ。

「なぁ、なぁアンタ。そこから出てみたくはないかい?」
鳥の1匹が話しかけてきた。
その鳥は自らを囲う格子でできた小屋の中から外に飛び出したいようで
入口をしきりに小さなくちばしでこじ開けようとしていた。

「オレがここから出られたら、アンタも外に出してやろうか?
 そしたらアンタをオレの背中に乗せて飛び回り、
 ニンゲンを驚かせてやろうじゃないか。」
とお誘いをいただいたが、
その開け方だと何年経っても入口は開きはしないでしょうね。
と言いかけてやめた。
「楽しみにしてるわね。」
と言っておく。
トリは俄然やる気がでたようで、
さっきまでの何倍も早くくちばしを動かしていた。

もうすぐお昼ごはんの時間かなとお腹の時計に聞いてみる。
私の時計は正確だ。
これまでにその時を違えたことは一度もない。
「グー」
やはり頼りになる。

そうこうしているとニンゲンが近づいてきた。
ん?あれはごはんをくれるヤツとは違うニンゲンのようだ。

「だれだ!だれだ!」
「私のこの羽を見て!」
「私は歌を歌いましょう!」
鳥たちが口々に叫びだした。
「ピー、ピー、ピー」
警戒音を鳴らす鳥もいる。
日に数度、見知らぬニンゲンがここを訪れて、
私達に「かわいい」という言葉を浴びせてくることがある。
悪い気はしないが、とにかく今はお腹に入るものが欲しい。

ごはんをくれるニンゲンもやってきたが、
その手にごはんは無い。
しばらくすると隣のハムスターの小屋が
部屋の中央にある台座の上に連れて行かれた。

「旅立ちの台座」
私はその台座のことをそう呼んでいる。
あの場所に連れて行かれたのを最後に
戻ってこなくなるヤツがたまにいるのだ。

あぁ隣のハムスターよ。
最後に見た変な寝顔を忘れないよ。
と思っていたら、思ったよりも早く戻ってきた。

「へへっ!ニンゲンがさわってきたから指を噛んでやったぜ!
 そしたらアイツ、驚いて目を白黒させてたよ!
 おれはお前の指じゃなくて
 ごはんに食らいつきたいんだがな!
 って言ってやったよ!」

自慢げな隣のハムスターの話が終わる間を待たずして
今度は私の小屋がフワリと持ち上げられた。
まさか…。

その「まさか」は実にブレなく的中し、
私はあれよあれよと台座の上に。

見知らぬニンゲンは男と女が1人ずつ。
小屋の天井が開放されると男の手が入ってきた。
さっきの隣のハムスターのことを思い出す。
「噛んでやった」ら「すぐに戻って」きた。
そうか!

タイミングを見計らって精一杯ニンゲンの指に食らいつく。
あれ?嫌がらない。
えい!えい!
おいおい、噛まれすぎて慣れちゃったの?
ほら!痛がりなさいよ!
えい!えい!

「こっちのほうがかわいいよ。噛んでも痛くないし。」
男が言う。

なにーーー!痛くないだって!?

次に女の手が入ってきた。
これでもか!と最大限の力で噛みついてやる。

「ホントだ!痛くない。で、こっちのほうがかわいい!」

抵抗むなしく私はこのペットショップという場所を離れることになるだろう。
男は始終私に向かって
「ジャンガ!ジャンガ!、ジャンガ!ジャンガ!」
と呪文のようなナゾの言葉を浴びせてくる。

一体私はどうなってしまうのだろう…

 

 

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※この記事はハムスター「おちょこ」の気持ちになって書いたフィクションです。
 実在の人物や団体などとは関係ありません。