しかし衛門督はけろりとした顔でこう答えた。

「人々が『ひどいことをする、情け容赦ない』というほどのことはしていませんよ。こちらが杭を打った場所に、その女車が車を停めてしまったのです。従者達が『場所はこんなにたくさんあるのに、どうしてよりによってここに停めるのか』と言うと、だんだん互いに言い合いになって、車のとこしばりを切ってしまったのです。

さて、人を打ち据えたという話ですが、それはそいつがこちらに無礼をはたらいたからです。あまりに憎ったらしいので、冠を打ち落として、供の者が引き倒したのですよ。もちろん、弟の少将や兵衛佐(ひょうえのすけ)も見ていましたよ。

本当に、世間が『ひどいひどい』と言うほどのことはしていないのですから。」
衛門督が堂々とこう答えると、

「世間の人が言うことなど、放っておきなさい。私にも心当たりがある。」
と、あっさりと納得してしまった。

 

心優しい女君はといえば、源中納言家の人々を気の毒がって嘆いていた。

衛門は

「お嘆きになるお気持ちは分かりますが、あんまり気に病まないで下さいまし。心配するだけ無駄です。だって、あの中に父上の中納言がいたならまだしも、打ちのめされたのはあのいやらしい典薬助なんですから。ばちが当たったんじゃないですか。」
と言うので、女君が

「ひどいことを言うのね。私の女房じゃなくて、衛門督の女房におなりなさいな。あの方も、物事を執念深く思ったり言ったりなさるから。」
と言うと、

「それじゃ、この衛門は衛門督さまにお仕えしましょうかね。この衛門があの一家にやってやりたいと思っていた仕返しの限りをしてくださるんですから、本当に女君さまよりも宝のようなご主人様だと思っていますよ」
と言って笑う。

 

そのころ北の方はといえば、ひどく病んで苦しがっていた。

子供達が集まって、北の方の病が治るよう神仏に願を立てて、ようやく治ったということだ。
 
 

 * * * * *

 

 

さすが衛門督、紅顔(若い美男子という意味)と厚顔の二つの顔を持ち合わせているようです。

あっさりと嘘を仕立てました。

途中のセリフなどはあちら側の従者の言葉ですから、とんちが効いているというか、皮肉が効いているというか。

右大臣も高い地位にある人間ですから、周囲のやっかみで有ること無いこと言われて苦労したことがあるのでしょう。

 

さて、人を憎むことが大嫌いな女君はと言えば、みんなの執念深さにすっかりまいってしまっています。

衛門の主人に対しても容赦ない言葉は、見ていて気持ちがいいですね。

これも、彼女なりの愛情の裏返しなのでしょう。

これを見ても分かるとおり、女君のことが大好きな人々の煮えたぎった腹は、おさまっていないようで。

まだまだ仕返しする気のようです・・・。


 

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