ところで、町には
「今年の賀茂祭はいつもより豪勢になるらしい!」
という噂が広まっていた。
衛門督は、
「にぎやかな祭りの日に家にこもっているのは物さびしいね。女房たちと一緒に、物見としゃれこもうじゃないか。」
と言って、かねてからこの祭りのために車を新調し、女房にも色々の装束を与えて「ふさわしいように身なりを整えなさい」と言って、仕度を急がせた。
祭りの当日になって、衛門督の家では一条大路に車を停める杭を打たせて場所取りをしておいた。
「これから出ても、場所を横取りするような人はいるまい」
と安心して、衛門督一行はのんびりと出かけた。
車は女房は二十人が五台の車に、二つの車には目の童が四人、下仕えのものが四人乗っていた。
衛門督はそれらの人々を全員連れて行ったから、道を開けさせる先駆けのお供には、なんとかなり多くの四位や五位の貴族がいた。
衛門督の侍従だった次男は今は少将に昇進し、殿上童をしていた三男は兵衛佐(ひょうえのすけ)になり、「一緒に見物しよう」と言っていたので、そちらの一行までもが衛門督の行列に加わり、車が二十台も続く大行列になってしまった。
「みんな、きちんと身分の順にん並んだようだね。」
と見渡すと、こちらが打っておいた杭の向かいに、古ぼけた檳榔毛(びりょうげ=檳榔の葉を編んで屋形の形にした車)の車がひとつ、網代車(あじろぐるま=女性用の車)がひとつ、ぽつんと停まっている。
「男車に乗っている人も、人付き合いが苦手な人じゃないからね。親しく話せるように車を立て合わせて、道の両端の南北に停めなさい。」
と衛門督に言われたが、これでは停める事ができない。
「この向かいの車、ちょっと引いて少し場所をどけてくれないか。こちらの車を停めるから。」
と言うが、相手はまったく聞かない。
「誰の車だ」
と聞くと、
「源中納言殿の車だ」
と言う。
* * * * *
さあ、早いもので桟敷を作って祭り見物に行ってから一年がたちました。
物語はあまりにも早く進んでいますが、女君が二回も出産していますから一年と言われても納得です。
今年の祭り見物は車から見ることにした衛門督、途中で弟の一行と合流して大行列を作ってしまいます。
しかし、杭を打ったところの目の前には野暮な車がポツンとあります。
対面する形で車を停めたい衛門督一行には不都合きわまりません。
誰も彼もがいい席から見たいものですから、誰かが来ると分かっていても気遣いをしている場合じゃなくなったのですね。
しかし、その車は出会うべくして出会った車だったようで・・・。