年は変わりましたが
昨年10月に金沢帰省した時の
富山観光の記事が続きます。
富岩運河還水公園をあとにし
次に向かったのは
続100名城 富山城。
本丸に入る鉄御門枡形の鏡石はかなり大きい![]()
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見応えあります。
デーンと石垣に埋め込まれている大きな石。
こういう鏡石を据えることは
石工の技を持っている技術集団を抱えていることを証明する富の象徴。
さすが加賀100万石・前田家の分家ですね。
富山前田家の居城だけあります![]()
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鉄御門をくぐると本丸
千歳御殿跡
千歳御門を見て
富山城模擬天守内・富山郷土博物館へ
ここで富山城の歴史を勉強
富山城は
越中西部守護代の神保長職が築いたとされていますが
時は戦国の世。
上杉謙信・武田信玄・織田信長による富山城争奪戦。
この戦いに勝利したのが上杉謙信
この勢いで能登・加賀を平定していく謙信。
以前に謙信vs信長・手取川の戦いを紹介しているので見て下さい。
手取川で信長軍を破り勢いにのる謙信でしたが
この冬、謙信逝去。
上杉家に跡目争いが勃発。
勢いをなくした上杉家に織田軍団が襲いかかり
富山城は織田軍団へ。
信長家臣として佐々成政が入城。
秀吉の時代になると
反秀吉勢力である佐々成政は熊本へ転封を命じられ
前田利家が加賀・能登・越中の3カ国を治めることとなります。
加賀藩2代目・前田利長が富山城を整備し
加賀藩3代目・前田利常が隠居する際、
富山と加賀大聖寺を分家とすることが幕府より認められ。
富山藩は利常の次男・前田利次が初代藩主として入城。
以後明治維新まで13代・富山前田家の居城となります。
富山城の歴史を勉強し
天守展望台より富山城からの景色を満喫。
富山城をあとにしました。
最後に続100名城 20城目
富山城のスタンプです。
ここで富山観光を終えます。
次は小田原へ帰る新幹線乗換の際に見てきた
関ヶ原の戦い武将ゆかりの地です。















