今年は全く100名城めぐりが進んでいませんでしたが

一気に11月下旬から挽回しています。

 

今回は佐賀県のお城を廻ってきました~。

 

まずは豊臣秀吉が朝鮮出兵のために作った陣城

名護屋城

縄張りは黒田官兵衛。

九州大名の普請により約5ヶ月で完成させました。

 

唐津からバス「名護屋城博物館前」で下車し徒歩5分

名護屋城博物館が見えてきます。

 

 

ここで100名城のスタンプをいただき

名護屋&秀吉下での朝鮮出兵の歴史の勉強

 

堀秀治陣跡や

 

黄金の茶室

(秀吉が名護屋城で披露した折りたたみ式の茶室)

 

名護屋&朝鮮半島の交流などを勉強し

 

名護屋城跡へ。

 

200円でボランティアさんの説明を聞きながら

天守台まで行けると言うことなので

お願いしました。

 

まずは名護屋城の説明からです。

 

名護屋城は朝鮮出兵のために築かれた陣城

周辺は全国から招集された大名の陣屋が150以上も建てられ

20万人を超える城下町となりました。

 

名護屋城に集結しても朝鮮出兵を快く思わない大名が多い中

豊臣秀吉が最も恐れたのが

15000の大軍を率いて参上した徳川家康

配置された陣屋はこうダウンダウンなっています。

 

湾を隔てたところに別陣が配置されており

力を分散させられているんです。

 

おまけに徳川家康次男である結城秀康の陣屋は

家康陣屋から遠く離れたここダウンダウン

 

それも石田三成陣屋のすぐ近く。

ここでも徳川家康の力が分散されており

石田三成の監視下にあるような配置となっています。

 

また石田三成の陣屋は---で描かれている太閤道の入口

秀吉の所へ行くには

三成の陣屋そばを通らなければ行けない配置となっており

三成陣屋は関所のような役割を担っていたようです。

 

この配置を作ったのが石田三成。

さすがだわ~!!と頭の良さに感服です。

 

それでは大手口から天守台まで見ていきます。

 

東出丸

 

東出丸からの眺め

 

当時は木々が全て刈り取られており

人や物の動きがここから一目で見渡せたそうです。

 

三の丸

 

井戸が残っています。

 

三の丸から見た本丸石垣

 

本丸へ向かいます。

 

大手門跡

 

とっても大きな礎石アップアップが残っており

大手門がどれほど大きいものだったかが分かります。

ちなみにこの大手門は伊達政宗が気に入り

仙台へ船で持って行き仙台城の大手門にしたと伝わっています。

(昭和20年の仙台空襲のため焼失)

 

本丸に到着しました。

 

 

奥に天守台があるので行ってみます。

 

天守台からの眺め

 

天守台から見た遊撃丸

 

この天守台でボランティアさんとお別れ。

三の丸に戻り、ここからはマップを片手に私一人で歩いて行きます。

 

三の丸→馬場→弾正丸→二の丸→遊撃丸へ。

 

馬場

 

馬場櫓台

 

馬場から見た本丸石垣

 

弾正丸

 

搦手口

 

二の丸

 

二の丸から見た本丸石垣

 

 

二の丸長屋建物跡が残っています。

 

そして先ほど天守台上から見た遊撃丸

(ちなみにこのネーミングですが

1593年に明国から講和施設として来日した

遊撃将軍から付けられています。)

 

 

遊撃丸から本丸・水手曲輪にまたがる石垣を見て

 

名護屋城攻城を終えます。

 

最後に日本100名城に行こう 53ヶ所目

名護屋城のスタンプです。

 

次も佐賀県の100名城が続きます。