今から2年前の2016年
1年を通して私がハマっていたドラマが
「真田丸」
ドラマが終わった後も
しばらく「真田丸」ロスは続き・・・。
さすがに今となるとロスは冷めておりますが
「ゆかりの地へ行ってみたい
」という気持ちは冷めることなく
このGWに大阪へ行き
やっと「真田幸村」ゆかりの地へ行ってきました~

まずはやっぱりここ!!
真田幸村が豊臣家の人質として過ごし
後の大阪冬の陣・夏の陣で活躍した「大阪城」

久しぶりに大阪城へ行きましたが
こんなに石垣が美しかったっけ
とおもわずパチリ

大阪城といえば
かつて一向宗の拠点であった石山本願寺の跡地に
巨城を築いたのが「豊臣秀吉」
その大阪城は大阪夏の陣で落城

今の大阪城の石垣や塀は徳川時代に築いたもので
大阪城の管轄は江戸幕府。
幕府が譜代大名に大阪城代を任命し
大阪城主である将軍の代わりに大阪城を預かっていたんです。

そして今の天守閣は昭和に入ってから築かれた三代目

天守閣の中に入りましょう
入場料は\600
8Fの展望台からはこんな眺望が拝めます。

いやいや景色ではなくて真田幸村でしょ


5階の展示が「大坂夏の陣図屏風の世界」
5階を中心に見ていきます。
大阪夏の陣図屏風絵に合わせた
精巧なミニチュア

果敢に戦う「真田幸村」がいます

天王寺 茶臼山に陣を引いた真田幸村が
天王寺口にいた徳川方 松平忠直隊を突破。
徳川家康本陣まで果敢に攻め入り
家康をあと一歩まで追い詰めた経緯
幸村の嫡男 真田大助は
最後まで、父である幸村と共に戦うことを申し出ましたが
幸村の命により、
大阪城内 豊臣秀頼の下へ
淀殿と豊臣秀頼自害の際に自身も切腹
そんな大坂夏の陣を
パネルやパノラマビジョンの解説で
勉強してきました~


大阪夏の陣の勉強をしたところで
次は大坂冬の陣で真田幸村が築いた「真田丸」
その「真田丸」があった場所といわれる「玉造」へ行って来ました~

次のブログで紹介します。