香川小旅行のお話が始まったばかりなんですが・・・こんなニュースが出ていました。

 

と言うものです・・・

 

実は一ヶ月以上前に堺市の広報のLINEで見て、私も愛妻と二人分の応募をしておりました。

その後、抽選に選ばれたと言う連絡が来て参加をしました。その時のことを報告しようと思いますので、少々お付き合い頂ければと思います。

 

堺市~藤井寺市や羽曳野にかけての古墳群が、2019年に百舌鳥・古市古墳群として世界文化遺産に登録された頃、手に入れた本です。

 

 

上記の本の初めに出ている5世紀頃に古墳群を俯瞰した風景を再現したもの、今回、見学させて頂けるのは、その右下に位置する長塚古墳です。

世界最大の前方後円墳と言われる仁徳天皇陵古墳から見ると小さく見えますが、百舌鳥古墳群の中では11番目の大きさ、墳丘長は106.4mあり、実は思ったよりも大きいです。また、詳しい事は分かっていませんが、その大きさなどからもある程度高い地位の人が眠っている可能性もあるとされている古墳です。

 

 

電車で来て百舌鳥駅から歩いてやって来ました~小集団で20分置きくらいに順番に見学をしています。

 

 

長塚古墳の入り口には何故か仁徳天皇陵の石柱と長山古墳の石柱があり、上記の本には何故ここにあるのかは謎と出ていました・・・

 

 

元々あった堀は埋められて、古墳の際まで住宅が建っています。



と言うところで、その前に受付をしておきましょう。

 

 

受付は向こうのテントのところみたいですよ~♪

 

 

古墳の見学イベントは割と人気みたいで、中には抽選に外れて当日の欠員待ちをしている人もいました。見るとはなく見ていましたら、その後参加出来ていました。良かったですね。👍

私たちは、とりあえず届いていたメールの画面を見せて受け付けは終了です。

 

 

堺市の色々なコラボ案件のPRパネルです~♪

 

 

堺市の見学スポットを無料で乗車できるシャトルバス、土日限定ですが、一年間走らせるそうです。

 

 

こちらに堺市博物館の学芸員の方だと思いますが、(案内をして下さった方々全員の名札がみんな一律で”関係者”となっているので)どなたかは分かりません。堺市の作業着姿ですが女性の方です。


今からレクチャーが始まります。無茶苦茶埴輪愛、古墳愛がほとばしり出ているところから、冒頭の本にも出ていたあの方だな~と勝手に思いました。ニコニコ

 

 

こちらの古墳からだけではありませんが、実際に出土した埴輪の欠片と、その欠片を組み合わせて再現した埴輪などを展示されています・・・触れてはいけませんが、撮影はOK頂いています。

 

 

古墳の話は、前方後円墳 名前の通りなんですが・・・ その昔、学校では習いましたけど、四角い方が前で、丸い方が後なのは意外ではないですか⁉️ 何だか丸い方が前だと勘違いしていませんか? 私は堺市に来るまではずっと勘違いをしていました。爆笑


また、端的に言えば年代の古い古墳は、丸い後円部の方が比較的大きくて高さも高い。そして、年代が進んで後期になるほど前方の四角い方が大きく高さも高くなって来るそうで、そんなところから年代を決める手がかりにもなっているそうです。

 

詳しくは色々あると思いますし、そんな単純じゃないよ~と突っ込まれそうですが、埴輪に付いても簡単に分かりやすく説明をされていました。


初期には、埴輪も木の年輪で模様を付けたり、突帯と言われる突起もハッキリと、そしてしっかりと付けられていたものが、年代が進むと共に当初の付けていた意味の伝達なども薄れて来たものと思われ、全体的に段々とシンプルになって行ったと見られているとの説明、年代に依ってそんな変化も見られるそうで、このような出土品の色々な特徴も年代を推測する手がかりとなっていると言われておりました。

 

 

横から見た長塚古墳です。

左側が前方部、右側が後方となる後円部、見えているのはその中間部です。

 

 

それでは我々の順番となりましたので、見学へと出発です。

古墳カレーのお店の前を横切って向かいます。

 

 

普段は柵の中には入ることが出来ません。

この日のために、整地もして、階段も設置されたそうで、準備などご苦労様でした。有り難う御座います。

 

 

登って立ち入ることが出来るのは後円部のところまでとなります。

 

 

後円部の上はこんな感じです。

 

 

JR阪和線の線路が通っていますが、元々の堀は線路のもう少し向こう側まで広がっていたのだそうです。

 

 

ところで、愛妻は、奈良の石舞台古墳のように、石棺など古墳の内部に入ることも出来る見学会だと思っていたそうです・・・


あちらは蘇我馬子の墓と言う説が有力な横穴式の石室を待つ方墳で、こちらは竪穴式、そもそも構造も違うし、ザックリと言ってしまうと本来はお墓でもあるので簡単には発掘調査も出来ないそうで、中に入ることの出来る石舞台古墳はなかなか特別な古墳であると言えると思います。


そんな訳で石室の中に入るなんてことはありません。

 

 

ちなみにこちら長塚古墳も世界遺産に認定されているし、国の史跡でもありますが、宮内庁の管理ではないとのこと、何と管理は堺市となっている古墳なんですね。

古墳だからと言っても宮内庁管理のものもあれば、自治体管理となっているものなどもあるそう・・・何も知らない私なので、何だかエ~?そうなの?なんて新鮮な感じがしました。お願い

 

そんな訳で、実際に掘ると言う発掘調査は色々あって難しいそうですが、堺市の方で地中のレーダー探査はしたそうです。そんな資料も見せて頂きましたが、その調査により、ちょうどこちらの木の株の下辺りに石棺のようなものがあるのではないかと言う結果が得られたと言われていました。

 

(ちなみに余談ですが、昨年には保全・整備に伴う現状把握などを目的として、宮内庁と堺市、日本考古学協会など17の研究者団体が合同で5世紀中ごろに造られた国内最大の前方後円墳、仁徳天皇陵古墳(大仙古墳、堺市堺区)の立ち入り調査をしたそうです。)

 

 

この先が前方部になります。

 

 

良く見ると、古墳を空から眺める気球がすぐ側の大仙公園に浮かんでいるのが見えました。

 

 

長塚古墳内は良く整備をされていて、とても綺麗ですね。

 

 

そんな長塚古墳は、こちら赤線で囲まれた辺りに造出(つくりだし)が見られる古墳なんです。時代が進むと墳頂へ登ることが禁忌され、畏敬されて来たこともあり、こちらの造出で祭祀・追葬などが行われたのではないかと推測されているそうです。

見えている白いテントは、先程、受付を済ませてレクチャーを受けたところです。

 

 

回りには埴輪を立て並べたり、形象埴輪を置いたりしていたとも言われているそうですが、こちらではほとんど見られていないそう・・・石棺があると思われる辺りも掘られたのか、ちょっと落ちくぼんで柔らかくなっており、地下に埋められている石棺や副葬品も盗掘されている可能性も考えられるそうです。

 

 

説明をして頂いた後は、後円部を自由に見たり、職員の方への自由質問時間にもなっています。皆さん色々質問をされていました。私も入り口の石柱のことなど少し質問をさせて頂きました。

ただ、仁徳天皇陵古墳も仁徳天皇が祀られているのかどうかなど確実なことは分からないのと同様、こちらの古墳も詳しいことは良くは分かっていないそうです。

 

 

とは言え、実際に古墳に登って歴史ロマンの感じられる貴重な20分間もアッ❣️と言う間に過ぎてしまいました。ニコニコ

 

 

そろそろ下山です。

 

 

世界遺産に構成されている古墳のひとつの中に入ると言う貴重な体験が出来て、とても良かったです~♪ラブ

 

 

ありがとうございました。

 

 

こちらの石柱ですが・・・

 

 

(大仙公園として整備するよりもずっと以前に建てられており)

 

 

職員の一人の方は、単に仁徳天皇陵古墳や長山古墳の道しるべだったのではないか?と言われていましたが、何か私も無茶苦茶納得してしまいました。

 

 

次のグループが登って行きます。

 

 

それではここで解散です~♪

 

 

そんな訳で、古墳見学はとても新鮮でしたし、また、とても楽しむことが出来ました。


それでは、ぼちぼちお昼ですので、続いてランチに向かうことにします・・・

そんな道すがらにも、見えているのは、もちろん古墳です。爆笑

 

 

こんな何でもないところ?(回りはロープで囲われてはいます。)にも古墳 収塚(おさめづか)古墳です。

仁徳天皇陵古墳の倍塚の一つとされていますが、後から出て来る古墳もみんな倍塚とされています。

 

 

この日は天気もバツグンで風も穏やかみたいでしたので、絶好の気球日和ですね~♪

 

 

大仙公園を東西に横切って行こうと思います。

 

 

こふん前カフェ IROHA こちらでランチではありませんが、雑貨もあるそうなので、帰りに寄りましょう。

 

 

気球・・・あちこちから見ることが出来ます。

 

 

次は孫太夫山古墳・・・江戸時代には庄屋で”南孫太夫”と言う人が所有していたそうで、そんなこともあって壊されることなく今があるのだそうです。

後円部は宮内庁、前方部と周濠は堺市が管理をしています。

 

 

仁徳天皇陵古墳の拝所が見えます。

 

 

気球ですね~♪

 

 

段々と降りて来ています。

 

 

次は竜佐山古墳です。

 

 

後円部の盛り上がりが良く見えます。

 

 

前方部は後円部から見るとかなり低くて平らで短く帆立貝形古墳なんだそうです。

同じく後円部の墳丘は宮内庁、前方部の一部と周濠は堺市の管理です。

 

 

平和の塔です。

 

 

次に現れるのは直径30mの小さな古墳ですが、宮内庁の管理です。

ここだけ円墳なんだそうです。

 

 

狐山古墳です。

 

 

読みにくいですが説明看板です。

 

 

お話は少しズレますが、堺市には(仮称)堺ミュージアム基本構想と言うのを検討しており、(期限は令和8年3月19日(木曜)から令和8年4月18日(土曜)まで)きちんとした文章での意見を募集しております。意見を出したいとか何か構想がある人は送ってみてはいかがでしょうか? ↓

 

と言うところで今回の古墳見学のお話はこの辺りでお仕舞いです~また次回以降では、この日のランチのお話もしたいと思いますし、香川小旅行のお話もしたいと思っております。いずれにしても、お話はまだ続きます。ニコニコ