初遭遇の思い出
麻布警察署の隣のビル、大人が4人も乗れば狭く感じる小さなエレベーターで上がった5階。
エレベーターを降りると、これまた決して広くは無い踊り場、そして、その右手にあるのが六本木アルフィー。
ドアを開けると、店内は暗く、お店のロゴマークの色と同様の、ルージュというか温かみのある赤い照明で店全体がボンヤリと浮かび上がっている。
入店した正面がバー。 バーの右端は店員さんの出入りの為の切り込みがあり、そこはライブ演奏中、オーナーの日野容子さんの指定席となる。
何せ、バーの延長線上、その視線の先にはステージのドラムセットがあり、勿論そここそが御主人の日野元彦さんの指定席であるからだ。
バーはステージの手前でL字型に折れており、その終着点の壁の窓には、ライトアップされた東京タワーの姿が。
L字型に折れた後の向こう正面のバーは、丁度ステージに背を向ける格好となり、観客が座ると振り向いて演奏を楽しまなければならないので、大抵の場合は出演者の控えの席となる。
初めて見た越智順子は、この控えの席に座っていた。
店の照明に、その白く艶々した顔が赤くボンヤリと浮かび上がっていた。
もしかするとその時の彼女は煙草を燻らせていたかも知れない。
入店した私はバーの手前まで歩き、顔なじみの店員さんや、容子さんと挨拶を交わした。
すると、まさに“ギョロリ”という擬音が耳元に聞こえてくるような勢いで、そう本当に、まるでアニメの1シーンのように、越智順子は目玉をひん剥くようにして、私を睨みつけた。
彼女の白目は赤く浮かび上がっている。
照明のせいだったのか、あるいは前夜眠れずに充血していた為だったのか・・
刈り上げた短髪を金色に染め、その凛々しい顔立ちは【男装の麗人】といった雰囲気。
しかし、その表情は、なにか切羽詰ったような雰囲気を醸しだしていた。
視線そのもので歯を食いしばっているかのようにすら感じられた。
ずっと後になって、この時の事を越智順子本人から聞いたことがある。
東京に進出するにあたり、大阪の仲間から色々なことを吹き込まれたのだと言う。
だから「舐められたくない」という気持ちでイッパイだったそうだ。
そして何よりもかによりも、「自分を全国に紹介し、東京進出のチャンスを作ってくれた石橋敬一さんに恥をかかせたくない」という思いが一番強かった、という。
義理堅い越智順子らしいエピソードだと思う。
つまり、柄にもなく(笑)、あの時、越智順子はガチガチだったのだ。
3夜連続の初東京ライブで、アルフィー以外の日はピアノに鈴木コルゲン宏昌さんが入ったと記憶している。
そのコルゲンさんは、緊張している越智順子を見かね、こう彼女にアドバイスした・・
「緊張したって上手く歌えるわけではないよ。 今の自分をそのまま出せば良いんだよ」
この言葉に如何に救われたか・・2001年5月にコルゲンさんが亡くなった際、越智順子は私にそう言って故人を偲んでくれた。
