少し先の未来
大規模な干ばつと食料危機による戦争後の世界
国々はもはや軍隊も、綺羅びやかな宇宙開発を競う能力も残されて無く
細々と生きるためだけに農業を続けるだけになっていた
21世紀に長い映画を撮らせたら必ず名前が出てくるクリストファー・ノーラン監督の大作
「インターステラー」から、ブログタイトルは病んだ身の回りの世界=地球に替わる新しい世界を探す任務『ラザロ計画』を受け入れた、かつての凄腕宇宙飛行士。マシュー・マコノヒー演じるジョン・クーパーの言葉。
映画館で観なかったことを自宅で見返す度に後悔。
人類滅亡を救う為に住み慣れた世界を後にする、そういう映画は多いですが
このありがちなテーマをこの映画はギリギリまでCGを使わぬ監督の美学と
”きっと宇宙ではこうなんだろうな”と思わせる現実の延長のような演出、
抑えたシンセサイザーの神秘的なBGMと相まり、観る者に強烈な印象を与えます。
宇宙に出ることによって地球の人間と違う時間が流れるという学説から
子供を持つ主人公にはほんの数時間の出来事でも、地球にいる子供たちは
どんどん成長し、年を取り、主人公である父を忘れていこうとします。
この時間のズレによる置いてきた自分のかつての環境の変化、この演出は
観る者によっては恐怖に近い感情を思いこさせるのではないでしょうかね。
地球に留まりながら慣れ親しんだ環境とともに死を迎えるのか
それとも目まぐるしく変わってゆく時間の流れというどうしようもない恐怖に晒されながらも
新たな未来を切り開く勇気を持ち続けるのか
欠片よりも小さい可能性に向かい、銀河の外という途方もない空間、そして人間の寿命という時間の制約に挑む、こういう映画、好きですね。
久々の古典的なSF映画なのではないでしょうか。
この世界を絶対的に縛る法則=重力として主人公はこうも言います
「前に進むためには、何かを捨てなければならない」
前へ進む側になるか、それとも捨てられる側へなるのか
実際の重力と等しく中間の立場は存在しない、でも
自分が今ある立ち位置がどこなのか、それは現実の世界でも理解し続けて生きていたいものですね。