そこまでして、やることではない。
そんなに必要だと言うならお金でなんとかしたらいい。
家事や育児に対してこう言われてから、
いかに私が世界を色眼鏡で見ていたかと、
ハッとさせられたのです。
私のやっていた家事や育児が、
私の思っていたよりずっと、
旦那や子供たちにとって、
必要とかけ離れていて、
私の独りよがりだったみたいなのです
人の物差しは違うので、
家事や育児についての考えも隔たりがあると思ってはいましたが、
みんなにとって必要でないはずがないと
私は疑っていなかったのでしょう。
本当の本当に、
独りよがりなのか?と妄想してみたら、
あんなに嫌だった家事や育児から、
開放されてよいということなのです。
だって、誰も望んでいないのだから!
それからは、
やりたくないことはしなくなりました。
子供と旦那は
ご飯を用意することができませんから、
それは私がやりましょう。
栄養バランスや手作りにこだわりません。
簡単で腹が満たされればいいのです。
私が作る気になるものを作ればいいのです。
食器の洗い物はしません。
旦那ができることですから。
帰りが遅かろうと。
炊事は、疲れていてもやらなくてはなりません。
だから、旦那にも洗い物をしてもらいます。
洗濯物もたたみません。
干しているのは私だから、
たたんでしまってください。
私は自分の時間をもって、
自分のことをすることができるようになりました。
でも、これでいいのか
モヤモヤします。
ゲームのプレイ時間延長の話を、
毎日懲りずに交渉してくる長男に、
私は
私の時間に
好きなことをしているのだから、
時間を搾取しないでください。
と話します。
金土曜日は冷蔵庫が空っぽで
レトルトインスタントの食事を
毎週出しています。
お母さんで女だから、
昔から何も考えずに多くの人がしてきた家事という仕事を、
やらなくはいけないと思っていたけれど、
そのままやらないことにした。
でも
間違えている気がするのは、
慣れてないから?
間違えているから?
男たちが不備だから?
良心の呵責?
必要のない家事を、
私の独りよがりで、
嫌々やるなんて、
もうできない。
やるしかないと思っていたけれど
やるしかないわけじゃないなんて、
知らなかった。
怒っているわけじゃなく、
これでいいのか、わからない。