oimoさんが、生物学的製剤dual療法の論文をいくつか掲載していて、そのうちの2つが入手できたので読んでみた。これは、その1つ目。
原文はこっち。
翻訳はこっち。
正しく理解したければ論文を読め、という大前提でいくつかコメントしておくと…。
①飲み薬や塗薬などと違って、生物学的製剤は症状を発生させる情報伝達物質に関与するので、抜本的治療になりやすい
②但し、重篤な副作用、特に感染症のリスクが高くなるので、誰でも使用できるものではない
③数々の生物学的製剤があるが、使用が許可されている適応症が定められている
以上がベースの知識。さて、dual療法というのは、複数の異なる生物学的製剤を同時に使って治療する方法のこと。その有効性、安全性がいろいろと議論されているらしい。
この論文では、まず表1を見れば充分で、そこに殆どの情報がまとめられている(2025年発表)。最初に押さえておくべきは、対象となっている9人の患者はすべて、最初の生物学的製剤としてゾレアを使っていた、という点である。競馬風に言うと「ゾレア流し二連単」である。
ゾレアは、日本では「気管支喘息」「季節性アレルギー性鼻炎」「慢性突発性蕁麻疹(CSU)」で認可されている。そのうえで、9人の患者は、二つ目の生物学的製剤を併用しているわけである。尚、違う症状の改善を目指すのもさることながら、同じ喘息治療に向けて、ゾレアに追加して生物学的製剤を打っているケースもある。
例えて言えば、万引きに対して刑法235条を適用し、調べてみたら恐喝もしていたので刑法249条も追加適用したのに対し、同じ万引きに、カリフォルニア州法第488条も適用するようなものである(分かりにくいか…)。
途中でdual療法を中止したのは一人だけ。しかも、論文の著者らの主張によれば、そのケースでさえ中止する必要はなかったのではないか、とされている。すべての患者に副作用は認められず、いずれも非常によい効果をもたらした、というのが結論。
これだけ読むと、生物学的製剤dual療法に縋りたくなる人たちが出てきても不思議ではないし、寧ろ当然とも思える。が―。
例えば、EGPAでヌーカラを使っている患者が、別の疾患に苦しめられており、別の生物学的製剤を併用したいと考えたとする。おそらく、多くの医者は渋るだろう。
①この論文は、あくまで「ゾレア流し二連単」しか言及していない。「ヌーカラ流し二連単」について、いいも悪いも判断できない。
②もし「ヌーカラ流し二連単」の論文があったとしても、一つ目の生物学的製剤の適応症がEGPAでなければ、EGPAで効果的か、安全かは何とも言えない。
③仮に、そういう論文があったとして、すべての個体で重篤な副作用がないことの証明にはならない。できれば、統計的に正しくデザインされた大規模実験の結果がほしい。
④せめて、その大規模実験の被験者には、日本人、或いはアジア系人種が含まれているべきである。
⑤そのうえで国がdual療法を認可していないと、医者としてはなかなか手出しができそうにない。
⑥二つ目の生物学的製剤が別の疾患に効果的だったとしても、それがEGPAの治療を邪魔したり阻害したりする可能性が否定できない。実際、ゾレアをEGPAに適応したら再燃したという症例もある。
もし、二つ目の生物学的製剤にヌーカラが使用されていた論文があったとしても、「連複」が「連単」と等価かどうかは分からない。つまり、「○○→ヌーカラ」で効果覿面でも、「ヌーカラ→○○」では効果がさっぱり、というケースは免疫系について言えば、充分にあり得る。
とにかく免疫系は複雑怪奇なので、EGPA以外の疾患が、EGPAとはまったく別の機序で発症している可能性はかなり高い。それは、喘息にしろ、蕁麻疹にしろ、他のアレルギー疾患にしろ、同じことである。そして、それぞれのpathwayに介在する情報伝達物質を標的にするのが生物学的製剤の役割だから、どこを攻めればいいか、これをじっくり見極めないといけない。けれども、それが容易でないから困るわけである。畢竟、あれこれ試すしかない、という博打のような様相を呈する羽目になる。
更に問題なのは、好酸球とは無関係で当該疾患が発症しているとなったとき、そのための生物学的製剤は、EGPAの特定医療費の対象から外れ、3割負担になってしまう点である。生物学的製剤は、何しろ高いのである。
が、患者からすれば、痛いも痒いもマジ勘弁してほしいし、背に腹は代えられない非常に苦しい状況であるのも間違いない。たとえ、医者が、安全サイド、訴訟リスクなどをあれこれ懸案して渋ったとしても、実験台でいいからやってちょうだい!!という気持ちになるのは、そういう状況に立たされた人にしか分からないだろう。
おそらく、論文にあがっている患者も、医者の合理的な理屈があってdual療法を開始したわけではあるまい。ある程度の合理性はあったとしても、殆どは「やってみっか」という調子で着手して、やってみたら結果alrightだった、ということのはずである。とすれば、やってみる価値はあるんじゃないか、という前向きな気持ちに、苦しんでいる患者であれば、なると思える。
無鉄砲な見切り発車はNGだとしても、新しい治療の場合、慎重に検討をしたうえで、ある程度の思い切りは必要ではないだろうか??もちろん、これはあくまで、素人患者の考えにすぎないのだが…。