病気の発症から、1年5ヶ月が経過した。

右手の方は、基本的な部分は相変わらずだが、わずかながら変化も起きている。それは、非常に微々たるものかもしれないけれども、やはり進歩と言ってもいい変化である。1つはハサミである。これまで、ハサミの操作は左手で行っていた。ハサミを操作するには、力点に相当する穴の部分に親指と人差し指を挿入し、作用点に相当する刃の部分をワニの口のように開き、その間に切りたいブツを挟んで、刃を閉じなければならない。こうすることでブツがチョキンと分割されるのである。しかし、右手のパワーがない状況だと、まず穴の部分に指を安定して挿入できない。挿入できたところで、しっかりとハサミを固定できない。固定できないから、力の入れる方向もデタラメで、まともに操作できない。人差し指に代えて中指や薬指を挿入したところで、事情はまったく改善されない。また、少しパワーがついたとしても、ハサミを閉じることは至難の業である。ハサミを閉じることと、親指と人差し指でOKサインを作ることは殆ど同じことで、このOKサインがまともにできないのだから、ハサミを完全に閉じられないのも道理である。

しかし、切るという目的だけを考慮すれば、必ずしもハサミを完全に閉じなくてもよい。必要なのは、中途半端でもいいから、両方の刃が近づいて遠ざかるという一連の動作が反復されることである。ブツを、支点に当たるクロスしている部分まで押し込めば、刃をハグハグする(犬が甘噛みを繰り返すイメージ)ことで、何とかブツを分割することができる。もちろん、揚げ物や、カップの形をしたパンなどを包装するプラスチックのトレイを捨てる際に、トレイを細かく裁断するなら、ハサミをしっかり閉じないと首尾よくいかない。しかし、レトルトのパウチや、紙を切るなどの場合は、甘噛みでも問題ない。だから、まず目指すは、「ハサミの甘噛み」ということになる。

ハサミは、大小さまざまなタイプが家に転がっているが、最近、大きい方のハサミ(文房具サイズ)を使ってみたところ、目標であった「ハサミの甘噛み」が辛うじてできるようになっていることに気が付いた。しかも、穴の中に親指と人差し指を挿入する「正規のやり方」で、である。多くの人は、指の第一関節付近でハサミを操作するだろうが、残念ながら私の場合、少なくとも人差し指をかなり奥に突っ込まないとハサミが上手く動いてくれない。奥に突っ込むと、今度、抜くときに第二関節の膨らんだところが引っ掛かって顔が蒼くなる事態に陥るので、殆どの人は程ほどのところで留めるわけだが、そこまでの道のりはもう少しありそうである。

一方で、甘噛みから、刃と刃がガッツリと咬み合う正常咬合への脱却は、もう少しで何とかなりそうな気配がある。これができると、刃先でもブツを切ることができるので、これに芸術センスと、身体を前後左右に揺らすリズム感が備われば、林家正楽師匠の紙切り芸まではあと一歩である。

但し、小さいハサミのコントロールは大変に難しい。家では、鼻うがいに投入する粉の袋を破るのに使ったり、外出先で薬を飲む際に、サムチレールの包装を開封するのに使ったりするが、右手だと甘噛みすら覚束ない。仕方なく左手でチョキンとするしかないのだが、まずは大きいハサミで充分に慣れてから、ということになりそうである。

 

小さいハサミと同格に難しいのが爪切りである。爪切りの場合、甘噛みでは用をなさない。正常咬合が求められる。普通は、広がった柄の部分を親指と人差し指で摘み、力をキュッと加え、梃の原理を応用することで、刃と刃を正常咬合させるわけだが、柄の部分を固定するのは、柄と指の腹との摩擦のみだから、そもそもが不安定なのである。それが、意外と安定的に固定できているのは、指先の力の絶妙なコントロールのなせる業であり、そのためには筋肉と神経の繊細な連携がとれてないといけない。また、爪を実際に切るとなると、かなりのパワーが必要である。爪は意外と硬いのである。このパワーの源は、親指の根元にある筋肉であり、それはすなわち、親指を手のひら側に織り込むときに活躍する筋肉と(おそらく)同じである。従って、親指を手のひら側に織り込めない現状では、畢竟、爪切りで左手の爪を切ることは不可能ということになる。左手の爪を切るのは今でも難しく、いろいろと工夫しないといけないのだが、右手の爪を切るのは簡単か、と言われたら、実はそうではない。爪切りを左手で操作するのは問題ない。が、右手の爪を切るには、例えば人差し指の爪であれば、人差し指を伸ばして、かつ、爪切りの運動に負けないように、伸ばしたまま耐えぬくパワーが必要となるのである。これができないと、刃と刃の間の細いスペースに爪を安定的に収めることもできないし、収められたとしても、パチンとやった瞬間、指があらぬ方向に持っていかれてしまい、残された爪は想定外の形状になってしまう。だから、これまでは、右手がブレないような工夫も必要で、爪を切るとなると、右手であろうと左手であろうと、要するに一大イベントだったのである。

しかし、そこそこ右手にパワーがついてきたのか、爪切りでパチンとした瞬間に、指を持っていかれないようになってきた。指をピンと伸ばすのは難しいが、爪切りにおいて、そこは本質ではなく、より重要なのは、パチンの瞬間に指が動かないことである。これができると、爪を切ることがはるかに容易になり、しかも作業時間が著しく短縮できる。残念ながら、切った後でやすり掛けする際、これに逆らうだけのパワーはまだついてない。爪を切る際は、爪の上下に同じだけの力が対称に掛かるので、力学的には相殺される。しかし、やすりの場合は、上だけ、下だけに力が掛かるので、それに逆らうパワーははるかに大きくなる。今のところ、それが可能なのは親指だけである。が、これも時間の問題のような気がせぬでもない。いずれにせよ、約1年前に入院していたときに散々苦労して爪を切っていたことを思えば、これはこれで目覚ましい進歩である。

また、爪切りを正常咬合させるだけなら、柄の部分を手のひらで包み込んで、ギュッと握り込むようにすれば可能である。見てくれはよくないが、これができると、爪はともかく、ずっと柔らかい「ささくれ」を除去することが容易になる。「ささくれ」問題は、放置しておくと悲惨な目に遭うので、見つけたらすぐさま取り除きたいが、これまではそれも儘ならなかった。しかし、最近になって、この問題の解決の兆しが見えてきたわけである。尚、爪切りも大小さまざまだが、右手で操作する場合は、爪だろうと「ささくれ」だろうと大きい方でないといけない。小さい爪切りは、梃の原理が充分に効いてくれないので、どうしても甘噛みになってしまう。

尤も、これとてもハサミと同じく順番の問題である。一足飛びに何でも解決できるわけではない。ゆっくり時間をかけて解決を図っていけばいいのである。

 

足の方は、最近、再び痛みが復活している気がする。特に風呂に入ってから寝るときに発生する。いわゆる、単発の、針で刺した、或いはハンマーでぶん殴ったような痛みである。血行がよくなるからだろうか。よく分からない。しかし、だからと言ってプレガバリンを飲みたくなるほどではない。実際、痛みはあるが眠れている。眠れている限り、できるだけ痛み止めに手を出さないでおこうと思う。

さて、先月のブログで、ささやかながらジャンプができるようになったことを報告したが、それ以外の進展について触れておく。

好酸球性多発血管炎性肉芽種症のせいで、足の筋肉が衰え、片足立ちがなかなか困難という状況に置かれたので、それまでは無用だった椅子を、いろいろなsituationで渋々使うようになった。特に、風呂からあがって着替えるとき、ズボンを履く/脱ぐとき、靴を履く/脱ぐとき、である。しかし、ここ数週間で、このうちの2つで椅子を使うことをやめた。

一つ目は、ズボンを履く/脱ぐsituationである。多くの人が、チノパンのようにスルスルっと履けるタイプのズボンであれば、立ったまま片足ずつ突っ込んでズボンを身に着けると思う。しかし、足の筋力が落ちているときに、こういうことをやるのは危険極まりない。たまに、裾が絡まって足を貫通できないこともある。こういうとき、貫通できるまで、片足で身体を支え続けなければならない。更に、貫通しやすくするために、途中で閊えている足をブルブル振ったりするならば、それでも身体が倒れないバランス感覚も必要である。

最近、左足であれば、よほどのことがない限り30秒は余裕で片足立ちできるし、右足でも15秒くらいであれば問題ないようになってきた。そこで、思い切って立ったままズボンを履いてみたわけである。片足で何秒間耐えられるか、ということは、ズボンを履くときの本質ではないが、長ければ長いほど、上記のような不測の事態が発生しても、その難関を突破することが容易になる。実際問題、15秒だと、足をブルブル振って開通式を迎えるのは難しいが、履く前に裾が絡まっていないかをしっかり確認しておけば、裾から足の先っぽを出すのに要する時間は2秒もあれば事足りる。この2秒間、ズボンを履く動作でどうしても崩れてしまう身体のバランスを耐え忍べればよいのである。そして、これくらいなら、片足立ちを15秒、いかなるケースでも安定して実現できれば問題ない。

脱ぐ方は、ベルトとボタンを外せば、重力の影響でスルスルっと落ちていく。これで縦笛をピロピロ吹いて、「レッドスネーク、カモン」と言えば、東京コミックショーの出来上がりである。落ちてしまえば、慎重に足を抜くだけだから、これは簡単である。というわけで、ズボンを履く/脱ぐsituationで椅子を使う必要がなくなった。もちろん、だからと言って安全対策は必要である。つまり、ズボンを履く際は、必ず壁側に身体を寄せて、仮に不測の事態が発生して身体のバランスを崩しても、壁に寄りかかれるようにしているのである。何事も、「備えよ常に(Be Prepared)」の精神である。

 

二つ目は靴を履くときである。立ったまま靴を履けるようになるには、靴に足を突っ込んだ後、その靴がポロッと落ちないような絶妙な足捌きが必要である。そもそも、足先で、靴を引っ掛けられるようにならなければならない。しかし、足首プラ~ン状態では、これは絶対に無理である。逆に言えば、立ったまま靴が履けるということは、それができる程度には足首プラ~ン問題が解決しているということを意味する。もちろん、長い時間、靴を足先でぶら下げる真似はできない。しかし、靴を履くまでの一瞬が乗り越えられれば実用的には充分である。これができるようになったのだから、かなりの進歩と言ってよい。

 

脱衣場での椅子の使用は、足場が濡れているため、どうしようもない。滑って転んでまた入院では面白くない。しかし、これも折を見て挑戦してみようとは思っている。無理は禁物である。こういうことも徐々にでいい。

 

できる範囲は広がっているが、ダイナミックではない。しかし、実感レベルでの進歩は気持ちも前向きになれる。というわけで、少し細々とレポートしてみた。