病気の発症から、1年が経過した。

1年間の雑文(ブログ)を通しで読むのは大変である。そこで、1年の区切りとして、これまでの流れを大雑把に総括してみようと思う。ひょっとしたら、自身、身内、友人などが類似した症状に悩まされており、ネットを調べているうちに、このブログに到達し、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)を疑い、正しい手順で治療に進めた、などという幸運がないでもないだろう(きっと)。

尚、EGPAと一口に言っても、その症状には大きなgradationがある。従って、すべてのEGPA罹患者が私と同じプロセスをたどるわけではない。軽く済んでいるケースもあれば、より深刻なケースもある。なので、あくまで、「私」の場合はこうだった、という一症例として読まれることを強くお薦めしたい。

 

緊急入院まで

兆候は、2024年11月27日に突然襲ってきた足の発疹と激痛である。その痛さは、本社からの帰りのバスで気絶したほどである。その後、足の激痛に何度も襲われ、そのうち立って歩くこともままならなくなり、次に右手の激痛に襲われ、挙句に機能不全へと陥った。

このときの初動は、今から思えば失敗としか言いようがない。しかし、四肢に痛みがあれば整形外科に行くだろうし、胃腸に不具合があれば消化器内科に行くだろうし、呼吸が苦しいとなれば呼吸器内科に行くだろうし、動悸が止まらないとなれば循環器内科に行くだろうし、発疹や蕁麻疹があれば皮膚科に行くだろうし、気絶すれば脳に異常があるのではないかと脳神経外科でMRIを予約するだろうし、こういった行動は、いろいろな方のブログを読んでも似たり寄ったりである。

さはさりながら、EGPAは血液検査で好酸球の増多が確認されなければ特定できない疾患である。いろいろなクリニックに行って、痛み止めやら塗薬などを処方されても意味がないし、それで1ヶ月ほど様子を見ましょうと言われても、その1ヶ月で症状は悪くなる一方である。

私の場合は、2024年11月27日から緊急入院した2024年12月13日まで2週間ちょっと。たったこれだけで、両足も右手も動かない状況にまで転落した。好酸球の暴走が内臓や心臓にまで及ぶと、場合によっては命の危険にも直面する。最近、abeba7さんのブログを読ませてもらったが、EGPA罹患時の凄まじい記録が公開されているので、目を通されるとよいかもしれない。

いずれにせよ、行くべきは内科である。それも、一般内科または総合内科である。そして、病院に血液検査のできる設備が導入されているところ。そういうクリニックであれば、すぐに結果が出てくるし、速やかに正しい対応を進めることができる。おそらく、近所のクリニックについて、どういう経歴のドクターがいて、どんな設備があり、どんな対処をしてくれるのか、予めリストを作成しておいて、こういう症状の場合はここで診てもらう、のような準備をしておくのが、最も好ましいrisk-hedgeになるだろう。

EGPAは、先行して副鼻腔炎、及び喘息を発症することが多いと論文にもあるので、耳鼻咽喉科に罹っている、呼吸器内科に罹っている人で、それ以外の症状、例えば突然の発疹や、息苦しさ、味わったことがないくらいの激痛などを経験したら、EGPAを疑って血液検査をすべきだと思う。

 

急性期病院

EGPAと正しく診断されれば、直ちに治療が始まる。基本的にはステロイドをメインにした治療だが、副作用が多い薬なので、いろいろな症状に悩まされる。特に、不眠とむくみはしんどいし、糖代謝異常による食欲増進で体重が増える人も多い。私の場合は、好酸球とは無関係の逆流性食道炎が酷く、入院中に12kgも体重が減った。

入院については、私のように2ヶ月も病院で生活するパターンもあるし、短期入院+通院、通院onlyでOKのパターンもある。入院すると、基本的にベッドでの生活を強いられるが、歩けないからといって寝てばかりいると、筋肉は落ちていく。しかも、筋力低下というステロイドの副作用が、これに追い打ちをかける。寝たきり、車椅子の生活が厭なら、歩くことを取り戻す努力をしなければならない。

急性期病院でもリハビリ科があれば、理学療法士と作業療法士が運動機能の回復のサポートをしてくれる。しかし、このリハビリは時間的制約が多く、まったく以て不充分である。そこで、自主的に、病棟で、運動機能の回復に向けたトレーニングをするしかない。歩けないのに歩く練習というのも、頓智のような難問だが、私の場合は歩行器を使って、朝・昼・夕と、病棟の廊下を修行僧のように黙々と歩いていた(このとき、頭の中では『ブラック・ジャック』の"アリの足"というエピソードをrefrainさせていた…)。

EGPAのあるある症状の1つにニューロパチー(神経障害)がある。痺れや痛みが、両足や右手に襲ってくるが、歩く練習に際して、そんなものに怯んでいてはいけない。歩けなかろうが、痛かろうが、四の五の言わずに歩くのである。そうすれば、最初は数mかもしれないが、そのうち歩行距離が延び、歩行器から杖、杖から自力、というように運動機能を取り戻せる。もちろん、すべてのEGPA罹患者がそうなるとは断定できない。一括りにEGPAと言っても、症状は千差万別である。しかし、『スラムダンク』の安西先生も言っている。「あきらめたらそこで試合終了ですよ…??」とりあえず、諦めずに挑戦し続けてほしいと思うわけである。

 

回復期病院

急性期病院での治療がひと段落すると、その後の取るべきpathwayの選択を迫られる。私の場合は、リハビリ病院への転院を希望した。3ヶ月ほど入院していたが、リハビリにどんなメニューがあるのかを知れたのは、大きな収穫だった。

リハビリ病院の場合、毎日、最長で3時間(複数のコマの合計)、あの手この手でいろいろなセラピストがメニューを提供してくる。それらをひたすら消化していくのだが、休憩を挟みながら、セラピストと他愛もない話をしながら、なので、あまりスパルタ感はなかった。客観的に姿勢や歩き方などを見て、正しいアドバイスをしてくれるので、専門のセラピストの存在は大変心強いものである。

 

現在

身体が動かなくなるのは2週間もあれば充分だが、1年経っても、元には戻っていない。何でもそうだが、壊すのは簡単、でも修理には時間が掛かるのである。

身体のパーツを、頭・胴体・手・足と分けたとき、頭・胴体は今のところ問題はないように思う。忘れっぽくなった、名前が思い出せないのは、単なる老化であって、EGPAとはおそらく無関係である。そこはかとなく心臓付近に違和感があるものの、血液検査では内臓にも気になる点はないようである。時々、逆流性食道炎がぶり返すこともあるが、だからと言って体重が12kgも減る、などという事態にはなっていない。夏が終わる頃から、副鼻腔炎が再発し、鼻水が止まらないが、これもマスクと鼻うがいで凌げている(最近、エバステルを処方してもらったが…)。

 

足は、1万歩くらい(およそ7km)は余裕で歩けるし、近場に出向くのであれば杖も不要である。杖は、歩行の補助というよりも、「私はdisabledです」ということを周囲にアピールする印籠代わりで持ち歩いている。入院してからしばらくは、小さな段差1つでも、それを乗り越えるのに、生まれたての小鹿のように足がプルプルと恐怖で震えていたが、今は手すりがあれば階段の昇り降りすら何の問題もない。しかし、飛んだり、跳ねたり、走ったりすることはできない。尤も、50歳を過ぎたおじさんは、基本的に日常生活で飛んだり、跳ねたり、走ったりするsituationがないので困らない。電車の扉が閉まりそうだからダッシュ、ということもない。「次の電車で、ええやん」と思うわけである。病院を退院してからは、オルトップを右足に装着して歩いていたが、ここ最近はサポーターで補助する程度で済んでいる(これらの補助がなければ、右足首は下垂足で、歩行は大変危険である)。この差は、履ける靴のバリエーションが増える、という点で大きい。サポーターもなくなれば、ABC-MARTの安い靴で済ませることも可能になる。

右足首が自由自在に稼働できないので、車の運転は諦めた。しかし、自転車は問題なく乗れる。とは言え、急な坂道を駆け昇るには、足の筋力が足りない。また、両足の末梢神経の回復も完全ではないのだろう。そこまでいくには、もう少し時間が掛かりそうである。総合的に見て、日常生活するにあたって、足については70%くらいは回復しているのではないか??(70%はあくまで主観的な値)

 

手は、左手が普通に機能するので、たいていのことは左手で済ませることができる。しかし、日常生活では両手を使うシーンが多い。PCのキーボードを操作する、台所仕事をする、身体(特に背中)をバスタオルで拭く、Tシャツを脱ぐ、重いもの(米袋など)を運ぶ、洗濯物を干す、顔を洗う、水を掬う、包装を破る、ビンの蓋を空ける、布巾や雑巾を絞る、フリースのファスナーを閉める…。これらは、急性期病院では絶望的にできなかった。回復期病院でも、退院する頃にやっと、いくつかの動作ができるかできないか、という感じだった。今は、たいていのことは、危なげなく(??)できている。

ただ、右手でやりたいけどできないことも多い。ハサミで切る、モノを摘まむ、包丁を握る、箸やスプーンを使う、ペンで文字を書く、眼鏡の汚れたレンズ面をティッシュで拭く、左袖のボタンを留める、財布から小銭を取り出す…。とにかく、動作が狭い範囲で収まり、しかも繊細さを求められると、途端にお手上げである。また、感覚が取り戻せていないので、ポケットに鍵と携帯靴ベラが入っている場合、靴ベラだけを取り出すことができない(選別できない)。ジャケットの左内側ポケットに入っているスマホも、取り出す途中で落としそうになるので、危険である。一方で、ドアのサムターンをまわしたり、挿した鍵を回転させてドアを開けるとか、そういうことはできるようになった。杖を突いて歩きながら、右手で飲み食いすることも可能である(但し、重さとサイズに依る)。

退院してしばらくは、右手の親指・人差し指がまったく曲がらなかったが、これも解決した。しかし、逆に、曲げる動作の方が日常生活では多いので、指を伸ばすのに難儀するようになった。パーにするのもできないし、指を一本一本立てることもできない。よって、「耳をかっぽじって、よく聞け」と言われても、右耳だけかっぽじることはできないし、失礼なアメリカ人に向かって「○uck you!!」というgestureもできないし、楳図かずおの「グワシッ!!」など以ての外である。また、冬場は手袋が必需品だが、指が伸ばせないので、手袋を嵌めるのに時間が掛かる。ミトン型だとスッといきそうだが、ミトン型は女の子だから似合うのであって、スキー場以外で50歳を過ぎたおじさんがミトン型を嵌めていたら、道中で職質されても文句は言えないのである。

右手の握力が不充分なので、バスや電車の吊革・手すりにつかまっても、不安がつきまとう。手に関しては、毎日動かしているつもりでも、なかなか痩せた筋肉が元に戻らないし、指先の感覚がないということは、末梢神経も回復の途上であると思われる。しかも、右手はいつもキンキンに冷えているので、毛細血管を含めた血流も悪いのだろう。最近、筋肉・血管・神経は三位一体で回復しないとperfectな状態にならないのではないか、と考えるようになった。筋肉を鍛えるのは重要だが、これに血管の肉芽腫が綺麗になくなり、そのうえで末梢神経も回復しないと、拘縮した筋肉も元に戻らないし、自由自在に指を動かせるまでには至らない、と思うわけである。すべてのセラピストが「手の回復には時間が掛かる」と口を揃えて言っていたが、まさにそれを実体験しているところである。

というわけで、手については、総合的に見て40%くらいしか回復していないのではないか??(40%はあくまで主観的な値)。しかし、足の70%にしろ、手の40%にしろ、大局的に日常生活を送れているのだから、実は日常生活を送ることだけを考えるなら、その程度の機動性で充分だということなのかもしれない。もちろん、100%になれば、時間的効率がよくなるから、1つ1つの作業は早くなるし、創意工夫のために頭を使う必要もなくなる。が、50歳を過ぎたおじさんは、別にslow-lifeで構わないのである。

 

EGPAに付き物とされるニューロパチーには本当に悩まされた。急性期病院に入院中は、逆流性食道炎による胸やけ・吐き気と、ステロイドによる不眠と、末梢神経障害から来る痺れ・痛み、の三重苦で、殆ど寝ることができなかった。末梢神経障害の痛みは突発的なもので、針でぶっ刺されるような、ハンマーでぶん殴られるような、何かで締め付けられるような痛みが、単発的に、時間的にも場所的にもランダムに襲ってくるのである。この痛みは、処方されていたプレガバリンやカロナールではどうしようもなく、退院してからもしばらくは続いた。しかし、今年の11月あたりから、そういった痛みは嘘のように綺麗サッパリなくなったように思う。これが、単なる「束の間の休戦状態」なのか「恒久的な和平状態」に突入したのかは、もう少し時間を経てから評価することになるだろう。

痺れは、急性期病院への入院中が一番ひどかった。例えて言えば、正座を長時間した後で立ち上がったときのビリビリが、24時間営業中という按配である。しかし、この痺れは意外と慣れてくるし、徐々に減っていった。最近は、痛みが激減したのと引き換えに、歩いている最中にジンジンすることが多い。と言って、これが歩行の妨げになることはない。

一般に、ニューロパチーについては、「一生付き合うしかない」とか「付き合うにしても徐々に弱くなっていく」とか「末梢神経が再生している証拠」とか、いろいろな言説が流布しているが、どれが正解かはよく分からない。私の場合、ひょっとしたら消えていくのではないか、と勝手に楽観的予測を立てているが、これも明確な根拠があるわけではない。緊急入院から現在までで、ニューロパチーのレベルは低減傾向にあるから、将来的にも減り続けるだろう、と予想しているだけである。もちろん、数年経ったが痺れは絶好調という人も多いので、これについては何とも言えない。

 

EGPAに罹患する前は、耳鼻咽喉科クリニック・呼吸器内科クリニックに通っていたが、今は行ってない。一方、歯科クリニック・眼科クリニックは定期的に通っている。歯科クリニックの方は、服用しているアレンドロン酸の副作用に薬剤関連顎骨壊死があり、不用意に抜歯などができないため、深刻な虫歯になる前にメンテナンスをするのが目的である。また、眼科クリニックの方は、ステロイドの副作用に緑内障・白内障リスクの増加があり、しかも元々眼圧が高いため、現状を把握し、治療に入るかどうかを見極めるのが目的である。

 

治療

治療については、使う薬、プロトコル、スケジュールが病院ごとにバラバラのようである。しかし、EGPAに対して、ステロイド抜きの治療はあり得ない(たぶん、断言できる)。一方、ステロイドは副作用も多い薬なので、段階的に減薬していくことが1つの治療方針となる。そして、その補助になり得る生物学的製剤として、ヌーカラもしくはファセンラを導入するケースが多い。導入タイミングも病院によりバラバラだが、私の場合はリハビリ病院を退院してからヌーカラの治療が始まった。薬については、飲みにくい、まずい、多い、管理が面倒、などなど文句を付けたくなるが、ヌーカラに対する文句は「痛い!!」に尽きる。そんな痛いヌーカラを、4週間おきに、3本も皮下注射しないといけない。しかも、いろいろ論文を読む限り、現状で「ステロイドoff+ヌーカラoff」は見込めなそうである。それどころか、ヌーカラを中止したEGPA罹患者で失明した症例も報告されている。よって、ステロイドoffが達成できたら御の字と捉えておくのがよさそうである。

実は本日、7回目のヌーカラである。これから気合を入れて、3本分の薬剤をお腹の中に収めねばならない。

 

以上が、EGPA発症から1年間の流れを駆け足でまとめたものである。思いのほか長くなってしまったが、ご容赦願いたい。