親が死んで、天涯孤独になって、もうこの世とのしっかりとした繋がりは無いけれど、それでもこうして生きているのは、親が残した古家と僅かばかりの貯金のおかげ。

 

悠長にあれこれ考え込んで悩んだり、ネットで気を紛らす事が出来るのも、全ては親のおかげなのだ。

 

もうどこにもいないのに、まだ僕はしっかりと守られてるんだなって思う。

 

僕は不幸ではあるけれど、恵まれている部分も沢山あったんだって思うと、もう少し頑張ってみようという気持ちが湧く。

 

不幸な人はこの世にたくさんいる。間違いなく僕はその中の一人だ。だけど、そんな不幸な人達の中にあっては、特別に不幸というわけではない。

 

僕の人生は、悪い部分にフォーカスすれば、きりがないけれど、一方で、良い部分にフォーカスすれば、何もないというわけでもない事に気付く。

 

人生を思い返して、ありがたいな、恵まれていたな、ラッキーだったな、と純粋に思える事がちょっとでもあったならば、それはそれでそこまで悪くない人生なのかもしれないね。

 

生きている内に、そうした良い部分をしっかりと思い返して、死ぬ時はその事に感謝しながら、優しい気持ちで死にたいな。

 

僕と同じように苦しんでいる人達が、少しでも心が安らぎますように(^^)/

絶望的な孤独の中でも、出来るだけ心を腐らせないように、感謝の気持ちをもって生きようと思ってる。

 

日常のちょっとした事、例えば、お店で店員さんと一言二言だけど、ちゃんと会話が出来た時とか、前を歩いている人が物を落とした時、拾ってあげてありがとうと言われたりとか、近所の公園に住んでる地域猫が寄ってきたらお腹撫でてあげたりとか・・・僕には何もできないけど、ほんの一瞬のそうした接点が、僕にとっては唯一まだ生きてる実感を、ほんの少し味わえる瞬間。

 

だけど、それは相手にとっては次の瞬間には記憶にも残らないどうでもいい瞬間。

 

確かに生きているはずのに、誰からも認識されていない感覚。

 

人の目線が怖いから、認識されたくないという感情と、誰かに受け入れられたい、世界に受け入れられたいという、孤独や虚しさからくる承認欲求が、相反しながら揺れている。

 

FXでちょっと良い感じで取った時とか、プログラミングの勉強で、分からない事が分かった時とか、やったーー! って思うんだけど、すぐに誰とも喜びを共有できず、たとえどんなに頑張っても、この先もずっと孤独なんだと思うと、ふっと力が抜けて感情が消える事が多々ある。

 

何のためにやってるんだろう・・・ってあれこれ考えだすと、激鬱のスパイラルに陥るだけなのは分かっているから、うつ感情がこみ上げてきそうになったら、心を無にする瞑想をして、しばし現実から離れるのだ。

 

何も考えなければ、そこには苦悩も無いのだ。

 

うつ病対策にと思って始めた深層意識の掃除、心を完全に無にする練習だが、思わぬ弊害がある事に気付く。

 

それは、何もする気が起きないという事。

 

完全に心を空っぽにすれば、確かに一時的にうつ感情はしっかりと消え、穏やかな気持ちになれるのだが、現実に戻って思考が働くと、またうつ感情が湧いてくる。

 

それを繰り返していくうちに、このまま頭を空っぽにしたまま、何もせず考えず、ただこの静かな安らぎだけ味わって終わるのも、一つの幸せかもしれないなぁなんて考えて、現実世界に戻ってくるのが面倒くさくなってきたのだ。

 

この世で何かしなければならない事もなければ、したい事ももうない。

 

僕はこの世に何かを残したいから死ねないのかと思ったけど、それは自分がこの世で価値ある何者かでありたいという、自己否定意識を解消するための、自己承認欲求から来るもので、そうした欲求さえ湧かない程、頭の中を空っぽにしてしまえば、もはや頑張って生きる事の理由が見つからない。

 

・・・たぶん、凄く極端な物の見方に振れているのだと思う。

 

生きるという事は、この世を価値化する事。

 

そして僕は、価値化したものの見方に救いが見いだせないから、思考停止して価値認識から脱却する事で安らぎを得る方法を知った。

 

両極端。

 

ただ、頭を空っぽにする事で、どんな苦しみからも解放されると知った事は、自分にとって死に方のコツを得た気がして、ちょっとした安心感がある。

 

もう少し、心を観察し続けてみよう。また何か気づきや変化があるかもしれない。

 

このご時世、普通に社会生活を送ってる人なら、まさかコロナ!? と思うのかもしれないけど、僕の場合、週1、2回の買いだめ以外には、たまに早朝の散歩しかしない。

 

全力で人目を避けて生活してるから、根拠は無くても、コロナなわけがないという、謎の自信満々で、熱にうなされながらもいつも通り孤独に寝込んでいた。

 

まぁ、コロナだったとしても、外に出て入院するくらいなら、独り家で苦しんだ方がマシっていう、皮肉な意味で医療をひっ迫させない社会貢献になるわけだ。

 

身長168cmだけど、体重が46kgしかない。ガリガリのゲッソリ。

 

孤独な鬱人間だから、親が死んでからは、食欲なんてほとんど無いから、やせっぽちだったけど、寝込んで全く食べられずに下痢すると、歴代最低体重まで落ち込むのね。

 

原因は何だったんだろう。食べたものが悪かったのかな。賞味期限切れの納豆とか調味料をもったいないと思ってちゅーちゅーしたのがまずかったか?

 

このまま死ぬのかな~ってぼぉーっとした頭で考えて、それもいいかぁなんて思ってたのに、喉が渇けば本能的に水をがぶがぶ飲むし、下痢し過ぎて飢えてきたら、勝手にあれこれ食べだすんだから、嫌になっちゃうよね。生に執着してるんだ。

 

なけなしの貯金も着実に減ってきてるし、どうなる事やら。

 

とりあえず、生き残ってしまったので、まだもうちょっと生きるしかないのだ。

 

世界に幸あれ!

うつ病だとストレスで慢性疲労状態になって、睡眠時間が多くなる(熟睡はできない)のは仕方がないとしても、どんなに寝ても身体の疲れが取れないのが辛い。

 

たっぷり寝て、目が覚めたと思っても、日中突然猛烈な眠気に襲われて、起きていられなくなる。

 

過眠症っぽいけど、そりゃ常時ストレス抱えてりゃ、健康を維持するのは難しいよね。

 

あんまり寝すぎると、今度は血の巡りが悪くなるのか、血管が詰まる感じがして、心臓のあたりが痛くなる。

 

だから、何とか起きて、水をたくさん飲んで、人目を避けながら30分ほど散歩をして、身体を活性化させる。

 

散歩の後は一時的に目が覚めるけど、しばらくするとやっぱり猛烈に疲れて眠くなる。

 

色々辛い。精神的に辛いから、肉体的に悪影響が出て、それがまた精神に負荷をかけるという、悪循環。

 

貧乏人ほど、不健康って言うけど、ホントにその通りだ。

 

何とか過眠を治したい。