ラーメンの日 | 今日の出来事や思ったこと

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よく食べるラーメンは?

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ラーメンもしばらく食べてないなぁ。

ガキの頃にお袋が作るラーメンは

出前一丁か、ごま味ラーメンか、天下一品。

または、カップヌードル。

当時は今ほど種類もなかったし。

中学生くらいにチキンラーメンとか

シーフードヌードルをおやつに食べてた。

久しぶりに懐かしい味、食べてみようかな。


今日は朝からボランティアに出かけた。

ご近所の有志で掃除をやるとかで。

オッサンが住む街には海軍墓地があってさ。

太平洋戦争中に戦没した艦艇はもちろん、

もっと古い時代の軍艦の慰霊碑もたくさん。

で、今回は戦艦「伊勢」の慰霊碑周辺を

キレイにするのが担当であり、目的でした。

この時期は草の伸びるのが早くて

草ボボボーボ・ボーボボw

結局はキレイになりました。

清掃後はスッキリ。

誰かお花を持参していたからお供え。

戦没した将兵の御霊も安らかに…。


広島県には原爆ドーム、旧海軍兵学校、

大和ミュージアムなど日本人なら一度は

聞いたことがあるのではないかという

場所があります。

海軍墓地…今は長迫公園とも言いますが

住宅地の中にあることもあってか

こちらはマイナーというか、

一般の観光客には知名度が低いのでは?

ですので、この機会に紹介しようかな。

8月になると、戦争関係のTVも増えますし。


まずは、戦艦伊勢とは何ぞや?…から。

第一次世界大戦の終わり頃に

川崎重工神戸で竣工。

この頃は石炭も燃料に使っていたから

黒煙すごいね。

容姿も明治時代を彷彿とさせるね。

この画像は昭和初期のもの。


太平洋戦争前に近代化改装を受けましたが

ミッドウェー海戦での敗北による空母喪失と

姉妹艦「日向」の主砲爆発事故による事情で

戦艦でありながら空母としての能力も持つ

航空戦艦という艦種に改造されました。

改造はこのような姿になりました。


改造されたとはいえ、航空母艦と行動を

共にできるほどの速力は出せないので

戦闘に参加する機会はありません。

戦艦より航空機が勝敗を決する、

そんな時代になったのです。

昭和19年10月レイテ沖海戦で

囮となった空母が攻撃を受けて失った後、

伊勢は多数の米軍機に集中攻撃されますが

巧みな操艦により軽微な損害で

生還することができました。


米海軍の指揮官

「老練な(伊勢)艦長の回避行動により

結局一発の命中弾も得られなかった…」


伊勢艦長 


「実は艦長としての経験ほとんどなし。
空母の生存者救助のためなら
戦艦が止まるのは攻撃されたら危険だし
非常識ではあるけれど停止する!」

伊勢を含む艦隊を率いた司令官

「急降下爆撃からの回避法を考案しました。

信じる者は救われる!」


搭載する航空機が無い伊勢の飛行甲板は

多数の対空火器が設置されていたらしいので

その効果もあったのでしょうね。


レイテ沖海戦後、日本に戻った伊勢は

搭載する航空機も無く「航空」の能力を失い

大型艦ゆえの搭載能力を活かして

南方から石油やゴム等の物資を運ぶ

「輸送船」として米軍の潜水艦や航空機が

たくさん存在する海域を強行突破して

無事生還します。

これを北号作戦というらしい。

しかし、もう伊勢を動かす燃料は尽きた…。

以後は呉沖で浮き砲台となります。

呉も何度か空襲を受けました。

その度に伊勢も対空射撃をしますが、

昭和20年7月24日の呉空襲で伊勢は大破、

着底して終戦を迎えます。

戦死者は艦橋に爆弾が直撃したこともあり

艦長以下600名近くに及んだそうです。

この時の主砲発射が旧海軍の戦艦としては

最後のものになりました。


慰霊碑周辺を清掃した「伊勢」、

激動の時代を駆け抜けた感じがします。

あと1か月、終戦が早かったら…

呉空襲で600名近くの戦死者もなく、

広島と長崎の悲劇も無かったのかな。

最近グアム島にビジネスで行ったけど

概略200kmほど北の

サイパン島やテニアン島から

多数の爆弾や焼夷弾を積んだB-29を数百機

飛ばして日本を空襲してくるアメリカには

到底かなわないのを実感させられる。

戦争しても良いことはないね。

某国の指導者あたりは

領土を拡大することにより

祖国の偉大なる英雄となるのかもしれない。

その名誉とか、歴史に名を残すために

戦争始められたら迷惑でしかないね。

現在もウクライナとか、イランとか、

日本には直接ミサイル飛んでは来ないけど

原油の値上がり等で

我々も無関係ではいられない。

風が吹けば桶屋が儲かるみたいに

巡り巡って影響する時代。

伊勢慰霊碑に祀られる戦死者の御霊は

現代を見たら何て思うだろうね。

「戦後80年以上経っても同じことするなよ」

なんて思うんじゃないかな。


気付いた?

慰霊碑に刻まれた文字は中瀬艦長のもの。

激戦の中で「伊勢」を操り生還させたのは

運もあるのかもしれませんが…

松田司令官が考案した

急降下爆撃回避法もあるでしょう。

中瀬艦長は呉空襲の前に

伊勢艦長を交代していたため

終戦を迎えて慰霊碑に文字を残すことが

できました。

自身が指揮を執った艦の

次の艦長や部下たちの慰霊のためになった…

はずだと思いたい。


おまけ

(画像は海上自衛隊公式より)

戦時中、たくさんの日本の軍艦や商船を

撃沈した米軍潜水艦や攻撃機の魚雷。

Yahoo!ニュースで見たんだけど、最近、

米軍の除籍になった軍艦(もちろん無人)に

日本の潜水艦が魚雷を放ったとか。

おぉ、何か、薄っすらと艦艇に向かう

白っぽい線が見えるが…

これが魚雷の航跡か?

映画みたいにもっとハッキリ、

モーターボートが走ったような

航跡があるのかと思ってたよ。


うわぁ…魚雷が命中するとこうなるのか。

水面下に命中するから

水面下が破壊されるのは分かるけど、

水柱の手前なんか甲板までも手前にめくれて

破壊されているのではないかな?

恐ろしい破壊力としか言えない。

こんなことが頻繁にあった

戦時中の日本を含む世界の軍艦と商船。

命中と同時に多数の将兵や船員が

その身体はもちろん、

将来も、夢や希望も吹き飛ばされたと

考えたら正直、言葉が出てこない。