
戦国武将から選んだら多数になるし、
皆も知っとるだろうから、近代から選ぶで。
今は新型コロナで外出自粛して「命を大切に」というご時世やし、そういう基準で
琴線に触れた人物を選んでみたで。
ところで日本人のほとんどは
軍隊イコール悪と思っとるやろ。
特に旧陸軍は侵略者くらいに思ってない?
確かにそういう一面があるのは否定しない。
だが今回はあえて、その中から選んだわ。
今村 均(1886〜1968)
日本陸軍軍人で最終的に大将となる。
・成人後も夜尿症に悩むが、努力して陸軍で優秀な成績を残す。
・インドネシア攻略後、非常に寛容な軍政を敷き、捕虜には高待遇で接し現地人にも慕われる。
・ラバウルでは食料などの自給自足の体制を整えて要塞化して守り続け、多数の陸海軍将兵が終戦まで生き延びた。
・戦後は禁錮刑を受けるが、劣悪な環境の部下のいる拘置所行きを希望し、部下と共に服役。出所後は自ら謹慎して贖罪の生活を送る。
現地人に慕われるほどの善政もあり
死刑などの重い判決はなかったけど
部下の行為は全て上官である自分の責任だと
いう態度を貫く態度には胸が熱くなります。
自らも畑を耕して食料自給を可能にして
10万人の将兵を飢えずに生還させたのが
素晴らしい。
戦後はずっと、部下のことを想って
過ごしたんやな。
常に聖書と歎異抄を所持していたらしく、
宗教が人間性に影響したのかもしれない。
政治家になっていたならば素晴らしい善政を
行われたのは間違いないと思います。
根本 博(1891〜1966)
日本陸軍、中華民国で中将となる。
・終戦後も侵攻するソ連軍に反撃して駐蒙の日本の民間人4万人、その後に軍の責任者として将兵35万人を生還させた。
・戦後、台湾へ渡って軍事顧問となり中華人民共和国の共産軍を金門島で破る。結果、現在もこの境界が残り今の台湾が存在している。
負ける側は自分が助かるために全てを捨てて
全力で逃げ出すものやから。
侵攻するソ連軍に抵抗して罪に問われたら
自分が切腹して全責任を取ると
覚悟を決めて反撃したんや。
結果、鉄道を守りきって4万人の民間人を
生還させた功績は大きいと思うわ。
そして自分は最後の引き揚げ船で帰国。
反撃したら後で刑に処されるリスクと
居留民を生還させる責任の間で悩み抜いたと
思いますが、よくぞ居留民を生還させる方を
選ばれました。
戦時中に戦った敵将である蒋介石に招かれ
軍事顧問となる件からも人格が伺えよう。
樋口 季一郎(1888〜1970)
日本陸軍で中将となる。
・ナチスドイツに迫害されて追われたユダヤ人が満州国境で足止めされて苦しむ中、食料調達や鉄道の手配などを行いアメリカ亡命の援助をした。
・キスカ島撤退時に携行する武器を海中投棄する指示を出し収容時間を短縮させ、結果として将兵5000人が無事撤退する。
・8月15日以降も侵攻を止めないソ連軍に対して断乎反撃を命じ、スターリンの北海道占領の野望を頓挫させた。
ユダヤ人は迫害される話を聞いた影響か、
オトポール事件としてユダヤ人を救った話は
ほとんど知られてないね。
日独伊の同盟を結んでいてドイツから
猛抗議を受けて処分されそうになったけど、
「ヒトラーのお先棒を担いで弱い者いじめを
するのを正しいと思うのか?」
と主張して東条英機などを納得させた結果、
東条もドイツに対して人道上の観点から当然
と主張したことで処分は免れたとか。
降伏後に侵攻するソ連に対しては
断乎反撃を命じるなど悩んだと思うわ。
ソ連はこの件で戦争犯罪人として引き渡しを
要求したけど、アメリカは拒否したとか。
裏ではオトポール事件で救われたユダヤ人が
満州での恩を返すべく動き、さらに世界中の
ユダヤ人が救済活動をしたんだと。
欧州でユダヤ人に親切にされた恩を満州で返し、その恩をユダヤ人はソ連の報復から
守ることにより返したというわけや。
北海道の半分くらいはソ連の領土にという
スターリンの野望を砕き、多数の犠牲者が
出るのを防いだと言えよう。
どうでしょう?
極悪非道の限りを尽くしたイメージがある
日本陸軍の中にも人として素晴らしい人も
いたことがお分かりいただけただろうか。
決して戦争や侵略を美化したりするわけでは
ありませんよ。
ですが極限の状況での決断は
その人の人間性が見えますよね。
その決断の結果、多数の人が救われました。
そういう意味で好きな歴史上の人物として
紹介させていただきたい。
画像はウィキペディアから借りましたが
もっと詳しく知りたい人は、
各自で調べてみてください。


