気象情報によると、台風10号は広島県呉市付近に上陸したようです。
9つの嶺に守られているから呉という地名になったといわれる呉市。
今現在は雨はそこそこ強く降っていますが、風はさほど強くありません。(あくまでオッサンの体感です)
しかし、どんな被害が出るか分かりませんので、引き続きご注意下さい。
さて、本日は終戦の日ですので、それらしい記事となっております。
オッサンは広島県江田島市に来ました。
以前の記事で書いた伊勢などの戦跡から、早瀬大橋を渡りチャリ漕いできたわけです。
地元住民なら分かる、フェリーを使わない無駄に時間かかるコース。
真夏の猛暑の中、熱中症の可能性があるのに何してんのやて?
ええんや、お金は無いけど、時間はあるんや!
今回はフェリー乗り場である小用港の近く、山道の途中にある戦跡。
真っ直ぐ前を向いて運転する優良ドライバーならば、気が付かないと思います。
でもグーグル先生は、知っていますし、教えてくれました。
今回は軍艦榛名出雲戦没者留魂碑を訪れました。
昭和20年7月下旬、米軍機の空襲が2日あって榛名71名と出雲3名の戦死者があり、歴史に残すために建立されたということが記されています。
これが出雲。
画像元のウィキペディアによると、日露戦争に参加した実績のあるくらい旧式の艦艇。
まだライト兄弟が世界初のエンジン付き航空機の有人飛行を成功させる前に完成した…。
まさか航空機相手に対空戦をするなんて想像すらしなかった時代の軍艦ですね。
またウィキペディアからですが、これが榛名。
大正4年竣工と旧式ではあったものの、近代化改装を2度受けて高速航行が可能だったために使い勝手が良く、最も活躍したそうで。
でも昭和20年となり、燃料が無くて動けない軍艦は空襲の標的でしかなく、最終的には撃破されてしまいます。
攻撃されて水柱が上がる中にあっても、榛名の2番主砲は右舷上空を向いて対空射撃を試みています。
この榛名が撃墜した米軍機、また後日の記事で関係してきます。
現在の、榛名や出雲が空襲を受けた場所です。
昭和20年、空襲があったなんて信じられないほど穏やかですし、今となっては知らない人がほとんどだと思います。








