なんとなく | ほうれん草とビール

ほうれん草とビール

日々のつれづれ、読んだ本、聴いた音

「こうしてやろう」と意図を持ってやる親切というのはあまり効果がない。
「なんとなく」やっておいた、何でもない行為のほうがとても良い効果を生み出している。

昔、遠方に住んでいる友達によくお勧めの漫画を送ったりしていたが、この前似たような感じでお勧めCDを送り、結果はあまり気にしていなかった(むしろつまらんと言われるだろうなという感じだった)のだが、今日電話があって、ものすごく良かった!とのことだった。

要は、僕らはみな単純な運び手に過ぎないんじゃないかということである。
意思というものが存在するものなら、それは別の場所にあるようだ。

僕の中を通っていく流れは穏やかで優しいものでありたい。エゴというものをそぎ落としたい。