いざ勉強、というときに実際にやろうとすることは、知識を身につけること、問題のパターンを覚えて既存の解答方法を繰り出すことのような感じになる。
受験勉強のパターンだなあと思う。
もちろん知識は必要で、この知識を仕入れている間に時間がきてしまうし、本当の意味も理解できないままだったりする。
でも人生においての勉強とは、感覚を磨き未知の事象に対応できるようになることだろうと思う。
ものごとを調べようにも、そのソースが限られ、事実がなかなかつかめないとき、「このような感じで進めれば後で引き返すことなく対応できるだろう」といった読みをできるかどうか、などの感覚。
ただ一直線にものごとを進めるのではなく、時間や空間の感覚を自在に入れ替えて対応できるとうれしいし、そんな勉強をしていきたい。
だから「覚える」のを主目的にするのではなく「感じる」こと、「感じたことをうまく流れに載せる」ことである。