年末、皆様はとっくに大掃除も完了されたでしょうか?
私は、今年は大掃除が大幅に出遅れました。
その理由はなんといっても、旅行記更新のため(笑)
自業自得です。はい。
まだ、インドネタで引っ張るの~
と思われそうですが(笑)
こちらの麗人のお話をご紹介しないわけには
だってだって、女性はプリンセス、王妃様が大好きですから~~~
当初は、記事にする予定は全くありませんでしたが
更新進めていくうちに、どんどん構想が膨らんできました。
ランバーグ・パレスホテルの肖像画でご紹介した
ジャイプールのマハラニ
その御名は、ラージマータ ガーヤトリー デヴィ(Rajimata Gayatri Devi)様
(「マハラジャ」(サンスクリット語)とは、マハは大きい、偉大の意で、ラジャは王。
マハラニとは対語で、マハラジャの后で、王妃という意味になる。)
ヒンディー語は耳慣れない、聞きなれないので
当初、ガヤトリーナ と聞き間違えて、思い込んでいました。
ゆえに、帰国後も大変興味がありながら調べがつかない。
今回の記事更新にあたり、再度改めて検索
「ガーヤトリー」様でした。
ようやく検索しましたが、ほとんど情報もなく、画像もないので
せっかくの機会と 記事に致します。
レイクパレスで、繰り返し流された タージグループホテルの宣伝ビデオ
心に残るLady。 一人の 高貴に輝く、目の覚めるような美しい貴婦人の姿に 目が釘付けに。
友人Eちゃんも 同じ想いで見つめていました。
2人して、完全に魅入られたようです
(このタージグループのビデオ、美と洗練の極致
2人とも是非ほしいと熱望しましたが、あいにく非売品でした・・・残念です。)
早速アンバルさんに尋ねて、お名前とご身分を知ることに
当時「インドで、一番美しい女性」と称された王妃様だと。
ますます興味が湧き、惹かれました。
ランバーグパレスホテル内の 小さなお土産店兼用の書店で
あった、あった!!!!!
見つけました。 運命の本
Eちゃんと2人でそれぞれで、即購入
原書が英語ですので、トライしようと思いつつ。。。。
ただひたすらにノーブル。。。。。漆黒の髪も美しく
インドのダイアナ妃 こと ガーヤトリー王妃(と称されることも)簡単なプロフィールを。
戦前・戦後を通じて、ジャイプールのマハラジャ=マン・スィン2世の第3王妃。
当時のインドの(いや、世界の)社交界に咲いた大輪の赤いバラ
故ケネディー大統領に、世界一美しい王妃といわしめたそうです
東インドの藩王国(コーチ・ビハール州、クチュ・ビハールの標記もあり)に
1919年5月23日、王家にお生まれになり、
英国式の教育を受け、ジャイプールに嫁がれました。
宮廷内の嫉妬や、権力闘争、華麗な生活、
そして戦後は、ラジャスタンの社会福祉運動に積極的に取り組み、
政治家としても活躍されたそうです。。
サングラス姿もエレガント。凛々しく颯爽とされてます
(背景はシティーパレスですね)
第二次大戦後、インドから英国が去り、インドは共和国になることになったと同時に、
藩王国は消滅することとなり、実質、今はマハラジャは一市民です。
それゆえ、最後のマハラニ と言われます。
The royal couple waltzing at a party
最後のマハラジャ、マン・シン2世の第3妃(マハラニ)ガーヤトリー・デヴィが残された回想録を
英語の原書なので、ザックリとお読みになった方の記事を拝見すると
第二次大戦前と後では彼女の生活が180度変わってしまったそうです。
王族から一般市民へ。
彼らには「統治」する権利がなくなってしまったのでした。
共和国政府は誕生したばかり。。。。うまく理想どおりに政治も運ばず
選挙が行われる、となると同じような立場の王族同士で協力し立候補して、
「無党派」として政府に物申したのです。
インドがひとまず落ち着く頃、自分たちの宮殿をホテルにしたり博物館にして観光客に開放しました。
ジャイプールは観光客が多く訪れる街として活気がみなぎり、今に至ることになったそうです。
彼らは「王族」ではなくなりましたが、その後も市民に「マハラジャ」として慕われ、
ジャイプールに住まわれました。
まるで、黄金期のハリウッド女優と見紛うゴージャスさ
(おそらく撮影は 著名な写真家、私も大好きなセシル・ビートン)
お辞儀なさるお姿も ため息が出るほど優美です。
この画像から王妃様の精神が伝わるようで、さりげないけれど好きな1枚です。
気高さと崇高なまでの美
マハラジャの位が廃止されるという 激動の時代をマハラジャと共に闘い生き抜かれた
廃位後も市民から一心に敬われたその決断・実行力。美しい佇まいに感銘すら覚えます。
ご最期は、ロンドンに入院されましたが
ジャイプールに戻りたいと希望され、救急航空機でジャイプルへ戻られたそうです。
2009年7月29日、ジャイプールで永眠されました。
(注: ジャイプールは、ジャイプル と伸ばさない方が正しいのではの記事もあり)
ここでまた検索の抜粋。
「ジャイプルのラージマーター(王国の母の意)、マハーラーニー・ガーヤトリー・デーヴィー女史が29日、長い闘病生活の末、ジャイプルで息を引き取った。
彼女はいろいろな意味でスタイルの象徴であり、世界中のファッション・フリークの間でたいへん人気があった。
スタイルの象徴であり、世界で最も美しい女性のひとりであった気品あるマハラニ・ガーヤトリー・デーヴィー女史
(こちらは デヴィでなく、標記がデーヴィーとなってます)
ラージマーターは政治の分野でも成功し、そのライフスタイルと王家の一員としての振る舞いが人々に好感を与えた。」
麗人と呼ぶに相応しいのが、かの王妃様のような貴婦人でしょうか・・・
比類なき美貌、知性・教養・感性、優れた才知・才覚に富み。
かつてヴォーグ誌の「最も美しい10人」の中のお一人に選ばれたそうです
激動の時代、マハラジャ(藩王)の廃位後について
2000年 BSで「滅び行くマハラジャ」なるドキュメンタリー番組が放映されました。
大変興味深い番組でした。
これまでの莫大な私有地・私財を元に、ホテル等の多角経営に手を染め、
FAMILY、同族の結束も固く
今尚、繁栄されるマハラジャも存在すれば
最期のエピソードの女王 マハラナの孤高の姿に胸を打たれました。
時代の変化の波にのれず 迎合されず
丘のというより 山奥の廃墟にプライド・尊厳を捨てずに一人で住まう女王
そこまでの私財はなく、さりとて有効に活かしたり、
ましてや一般市民として働く事もされず、収入もなく
山奥で、水道、電気、ガスも何もない廃墟に、蝋燭の元、ひっそりと暮らす女王。
召使・従僕も雇う事もできず、女王の弟君が(世が世なら、彼もプリンス!)
初老の女王を 簡素な食事から何からお世話を面倒みられている様子が映し出されました。
厳しい研ぎ澄まされたような頬と鋭い眼差しをもたれる、誇り高き女王の姿
胸に迫る思いでみつめました。
あれから10数年、あの孤高の女王様の今は・・・・
とても見応えある、興味のつきない内容、深いドキュメンタリーでした。
再放映を望みます。
と、また脱線しそうですね
今回の記事UPのおかげで再度検索、マハラニの詳細を 知ることができました!
世にも麗しい 高貴な王妃様を
恥ずかしながら、インドに旅しなければ知ることはなかったと。
是非、素敵な読者の皆様にも 知っていただくことができたらとの想いでUPしました。
ブログを始めて良かったと感じる瞬間です。
これで、ようやくほんとに インド記事シリーズが完結しました。
なんだか肩の荷が下りた心地です。大げさでごめんなさい(^^;
さぁ、これからは年末年始の準備に勤しみます。
いきなり現実のお話となったところで(笑)
今後は、また「食べ歩き」を中心に綴って参ります~
と==ぶん、長い記事はありません!そのはずです(笑)
本日もご覧下さり、本当にありがとうございました。
御礼と共に
これからも、よろしくお願い致します