昨日は友達に誘われ、特攻の母と言われる鳥濱トメさんの娘さんの赤羽礼子さんがはじめた居酒屋「薩摩おごじょ」にいってきました。
オーナーは礼子の息子であり知覧特攻の母鳥濱トメの孫の赤羽潤さんがされています。
私の地元は鹿児島なんですけど、東京にこのようなお店があることは今まで知りませんでした。
鳥濱トメさんが開業した富屋食堂に知覧特攻の隊員がたびたび訪れ、憲兵の検閲を避けるためにトメさんに託した手紙を代理で投函したり、若い特攻隊員からはトメさんは母親のようにしたわれていたことで、鳥濱トメさんが特攻の母と言われるようになったということです。
お店のオーナーの赤羽潤さんから薩摩おごじょを始めた理由を聞きました。
終戦してから、特攻から生き残った人達は毎日のように礼子さんの家に行っていたそうです。軍歌を毎日歌っていては周りからやめるように言われながらも礼子さんはみんなが集えるような場をつくりたいという思いからできたのが、薩摩おごじょだそうです。
トメさんの娘さんの礼子さんはトメさんから私は特攻に行く人を見届ける。礼子は特攻で生き残った人の面倒を見てほしいと言われたのも薩摩おごじょを始められた大きなきっかけとなったようです。
礼子さんはがんで亡くなられたそうですが、がんになっているお友達を看病しながら、自分もその人と同じ症状だとわかっても、病院に行くことなく、居酒屋をやり続けていたそうです。本当に大変な中やっていて、あるとき仕事が終わり、お店から帰る階段を上がることもできなくなって「よくやったよ!」と息子から言われ、病院に行き、それから2ヵ月後に他界されました。そこまでしてお店に来てくれるお客様のことを大切にされていた礼子さんの姿勢に感動しました。
礼子さんが他界する前に礼子さんの息子さんの潤さんは礼子さんの意志を受け継ぎ、お店を継ぐ決意があって、今のお店があるということで、たくさんの方々の思いがつまったいるお店なんですね。
私の地元も知覧特攻の地でもある鹿児島で、特攻のことを取り上げベストセラーになっている永遠の0の映画が上映される前日にお店に伺うことができて、意味深いものを感じました。
お客さんがトメさんの話や特攻の話を聞きたいときは潤さんが話してくれるということですよ。
月曜の夜の時間が一番時間が取りやすいということです。
またぜひお伺いしたいです。

オーナーの赤羽潤さんはとってもきさくな方! 鹿児島弁で迎えてくれますよ☆彡

店内は特攻の芝居のポスターなどが張られていて、
当時の雰囲気を感じることができます。

薩摩郷土料理と言えば地鶏の刺身! これがまたおいしいんです!