どういうわけか、引く手あまたなのである。これが第二の人生というものなのであろうか。
3月某日。長野県某所。
最寄りと呼ぶのがはばかられる距離のところに、駅はある。人口密度が低いが、人目を忍んだ工作活動にはもってこいだ。
現状の意識状態を脱したその先へ、行った先での落ち着き場所はどこなのか、という話である。
時間軸上の現時点において、それは決まっている。
物理次元と他次元とが接する、際のあたり。物理次元の場のエネルギーがゲル化のような感じになる、際のあたりである。(これより先に踏み入ると物理次元側の現象としては事件になりかねないので、推奨しない。)
物理次元のうち、最も外側に近いエネルギーの場から現実世界を見る視界と、エネルギー上から現実世界を見る視界とを重ねて、その上で、自分は現実世界において自分のエネルギーをどのように使ってどのように動くのか、という話である。(物理次元の外側から物理次元に働きかけることは、トマトで衝撃波の実験をするようなことになりかねないので、推奨しない。)
そして、ここは「不思議」が「普通」の状態の場所であり、進化側の領域だ。
不思議とされる現象や存在を体験し、日常で共存している。特別なものではない。それこそが「普通」というものではないだろうか。
そこに行く人を連れて行くのがオカルト工作なのである。
引き合いは多い。
任務続行中である。