











「解釈者を資格づける唯一のものが――これがけだし最大の課題であろうが――作品全体をその構成において、生きた有機体として体験することである。構成とは、純粋な音楽家ベートーヴェンの場合、内的な過程そのものである。いかなる種類のベートーヴェン解釈であれ、その鍵はここに横たわっている。それが何を意味するかは、簡単には言い尽くせない。
この有機的「形式」の体験がもたらす実際的な結果については、すでにヴァーグナーが他のだれにも先んじて指摘している。ここで私が第一に考えているものは、ベートーヴェンの音楽が要求するあの目立たぬ、しかも恒常的なテンポの変化である。ひたすらこの変化によって、あの堅苦しい、古典的な、いわば印刷された手本に従って演奏される一片の音楽から音楽本来の姿、すなわち生成と成長、ひとつの生きた有機体的な過程を取り出すことが可能となるのである。」
指揮者の仕事は、「ベートーヴェンの音楽が要求するあの目立たぬ、しかも恒常的なテンポの変化」をオーケストラに示すことであり、それができなければ、音楽本来の姿が創り出せず、指揮者がいる意味がなくなってしまう。
幸いにも、第2次世界大戦中のマグネットフォン録音のベートーヴェンの交響曲は、「ウラニアのエロイカ」と呼ばれる第3番の他、第4番、第5番、第6番、第7番、第9番を聴くことができ、フルトヴェングラーの言う「作品が求めるテンポの変化」がどのようなものかが分かる。「ウラニアのエロイカ」にはピッチが高く録音された問題があるが、この第3番と第4番、第5番は、より録音状態が良い放送録音として残っている。
うれしいことに、ベートーヴェンの交響曲第4番については、放送録音と実況録音が残っている。両方とも表現がよく似ているので、放送録音は、演奏会と同じ時期に録音されたと考えて良いだろう。演奏会のためのリハーサルを兼ねて、聴衆のいない会場で放送用に録音されたのかもしれない。
ところで、この曲のメロディアのレコードは内容の異なる3集類がある。つまり、全曲が聴衆のいない放送録音のレコードと演奏会の実況録音のレコード以外にもう一つある。演奏会で演奏された実況録音と放送録音の混合、具体的には、第1、第2楽章がライヴで、残りの後半が放送録音のハイブリッド・レコードがプレスされた。全曲放送録音盤は、Gost-56とGost-61で確認できる。この曲のGost-56のレコード自体が余り市場に出てこないが、Gost-56については、水色大聖火レーベルもAKKORDレーベルも、両方、ほとんど同じぐらい良い音で再生できる。
ハイブリッド盤Gost-61を両面聴いてみると、両面とも音の鮮明度は大体同じ位なので、聴衆のノイズを気にしなければ、全曲が一貫性のある演奏として十分に楽しめる。ただし、第2楽章のテンポの変化は、放送録音の方が成功している。なぜなら、ライブでテンションが上がったためか、「ベートーヴェンの音楽が要求するあの目立たぬ、しかも恒常的なテンポの変化」が余りにも目立ってしまった部分があるからだ。ただ、実際の演奏会では、聴衆も一緒にテンションが高くなったであろうから、全く問題が無かったかもしれない。放送録音は、第1楽章の第402小節に僅かな音飛びがあるのが惜しいが、『運命』Gost-73のレコードにある第一楽章のズッコケほど気にならない。
モスクワ・プレスのレーベルの付いたレコードは、Gost-61の時期に、大聖火から小聖火、ピンク・ダブルレターへと変わった。聖火レーベルの色はピンク以外に白もあったが、ライブ録音とのハイブリッドのようである。A面が放送録音かライブかは、マトリックスで分かる。放送録音は33D-09083/2-1でライブ録音は33D-09083/2-2である。ダブルレターよりもマスターテープの音を忠実に再現する聖火のハイブリッド盤を聴くと、放送録音の方が低音がしっかりとしてディテイルがはっきりとしているのが分かる。音の鮮度は似ていても、やはり音の傾向は違う。
なぜ、A面の放送録音はライブ録音に取り替えられたのだろうか。放送録音のマスターテープに大きな「音飛び」の不具合が生じたレコードがあることにヒントがあると私は考えている。たくさんのこのレコードに出会った中に、第1楽章の第174~175小節の音が、ちょうど1小節分欠けているレコードがあった。モスクワ・プレス1枚、レニングラード・プレス2枚である。プリ・メロディア・レーベルのレコードは、個体ごとにプレスの善し悪しが大きいので、プレスの不具合が原因の可能性を考えたこともあるが、異なる場所で作られたレコードで、少なくとも目視では全くダメージが確認できないのに同じ現象が起こる複数のレコードに出会ったことから、元テープが原因による音飛びと考えるに至った。マトリックスは33D-09083/2-1で、1小節の音飛びがないレコードと全く同じである。
全部がライヴ盤が登場したのはメロディアLPの音質が一時的に落ちたGost-73以降である。Gost-73の全曲ライブ録音のマトリックスは、A面が33D-09083/1-3でB面が33D-09084/1-2である。試しに、Gost-61の第1、第2楽章ライブを聴いた後にGost-73の第3、第4楽章ライブを聴くと、余りの音の違いに、途中で聴く気を無くしてしまうほどである。Gost-68のイエローダブルレターはGost-61ピンク・ダブルレターとほとんど変わらない良い再生音なのに、Gost-73ホワイト・シングルレターになると途端に音が鈍くて遠くなるのは、製造上の問題としか考えられない。
ライブ録音については、1990年代初頭に日本向けにプレスされたM10-49725/6によって、ようやく、全曲同じ良い音質で楽しめるようになった。日本向けにプレスされたのが黒いレーベルで、ロシア国内には赤いレーベルのレコードが流通したようである。ロシア国内仕様ジャケットは、コーティングが施されていて光沢がある。プレス技術が向上して、材質が原因のノイズが無く細部まできちんと表現する良いレコードだ。見かけの違いはあるが、赤レーベルと黒レーベルの音質は余り違いがない。このレコードは、この交響曲と同じ演奏会で演奏されたと思われる『コリオラン』序曲と一緒に、カタログ番号を新たに出た。元々、ブラームスの交響曲第4番と一緒に組み合わせて出たこの序曲は、しめくくりのピッチカートが欠落していたが、新たにベートーヴェンの交響曲との組み合わせで出た時には、ピッチカートの欠落はなく、全体的に音質も向上していたため、ピッチカートが修復されたとか別のテープと差し替えられたとも言われている。マスターテープを作り直しただけではなく、レコード生産技術が向上した御陰であろう。
全楽章放送録音は東独ETERNAからも出たが、ETERNA 8 20 312は第3楽章の冒頭20小節が、繰り返し部分で再び使われているのと、こもった音質で今ひとつである。独DGG LPM-18817も第3楽章の冒頭20小節のテープが同じように2度使われているので、ETERNAと同じコピーテープが使われているのであろう。放送用の録音ということもあって、コピーが放送局に残っていたらしく、別のテープを使ったと考えられるレコードがある。美しいデザインのジャッケットで知られる米Vox PL-7210である。音質がETERNAよりずっと良くて、第3楽章で2度同じ録音を使うこともなく、メロディア盤にあるような音飛びもなく普通に聴ける。Voxよりもずっと手に入りやすいTurnaboutのTV-4344は、Voxのテープを使って作られたレコードであろう。ただし、VoxとTurnaboutは、オールドメロディアの放送録音にある第1楽章の僅かな音飛びはないものの、メロディア盤と比べると音の分離が今ひとつだし、A面で僅かな音揺れがずっと続くことからテープの状態に問題があったように思える。メロディアのテープが元で、Voxのがそのコピーではないだろうかと思う位の音質の違いがある。ティンパニの音色など、楽器の音の質感は、メロディア盤の方がずっとリアルである。
メロディアGost-56の『運命』と共に、オールド・メロディアの交響曲第4番全曲放送録音盤は、フルトヴェングラーの最高傑作に数えても良い。より人気のある交響曲第5番に対して、プレス枚数がかなり少ないのか、交響曲第4番に出会う機会は少ない。もし状態の良いこの録音のレコードに出会ったら、貴重なチャンスだ。
写真:
.戞璽函璽凜Д鵑慮魘繕並4番 米Vox PL-7210 全楽章放送録音
↓ベートーヴェンの交響曲第4番 33D-09083/4 水色大聖火 Gost-56 全楽章放送録音 専用ジャケット付き
きゥ戞璽函璽凜Д鵑慮魘繕並4番 33D-09083/4 AKKORD Gost-56 全楽章放送録音 専用ジャケット付き
Ε戞璽函璽凜Д鵑慮魘繕並4番 33D-09083/4 ピンク大聖火 Gost-61 全楽章放送録音
Д戞璽函璽凜Д鵑慮魘繕並4番 33D-09083/4 ピンクシングルレター Gost-61 放送録音とライブ混合盤
┃ベートーヴェンの交響曲第4番 33D-09083/4 白シングルレター Gost-73 全楽章ライブ録音 専用ジャケット
ベートーヴェンの交響曲第4番 M10-49725/6 赤レーベル 全楽章ライブ録音 ソ連国内用
ベートーヴェンの交響曲第4番 米Turnabout TV-4344 全楽章放送録音