





1944/12/19 ウィーンフィル (ウィーン楽友協会(RRG収録))
1947/11/10-17(1949/2/15) ウィーンフィル (ウィーン楽友協会(EMI スタジオ録音))
1950/6/20 ベルリンフィル (ベルリン ティタニア・パラスト(RIAS収録))
1950/08/31 ウィーンフィル (ザルツブルク音楽祭(プライベート録音))
1952/01/19 RAIローマ放送交響楽団 (ローマ RAIスタジオ(RAI放送収録))
1952/11/26-27 ウィーンフィル (ウィーン楽友協会(EMI スタジオ録音))
1952/11/30 ウィーンフィル (ウィーン楽友協会(ORF収録))
1952/12/7 ベルリンフィル (ベルリン ティタニア・パラスト(SFB収録))
1952/12/8 ベルリンフィル (ベルリン ティタニア・パラスト(RIAS収録))
1953/08/26 ルツェルン音楽祭管弦楽団(ルツェルン クンストハウス(プライベート録音))
1953/9/4 ウィーンフィル (ミュンヘン ドイツ博物館(バイエルン放送収録))
フルトヴェングラーの指揮で『エロイカ』を楽しむには、どれが良いだろうか。ゥ蹇璽淙錞?魘然效弔箸留藾佞蓮CetraのFE-6で比較的に良好な音質で、熱気のある演奏が楽しめる。フルトヴェングラー独特の音の演奏でオーケストラのアンサンブルも良いが、他の演奏では確認できない音の長さでの演奏や、リズム表現が確認できる。短時間のリハーサルではフルトヴェングラーの意図が徹底できなかったのではないだろうか。やはり、音質面と共演回数の多さから、まずはベルリンフィルとウィーンフィルに絞って選んでみたい。
ベルリンフィルとの演奏を聴くなら、RIASによるライブ録音とを、Audite Deutschlandradio kulturのCDとLPで良好な音質で聴くことができる。SFBによって収録された、RIASと一日違いの┐皹藾佞範寝擦良い。特に、は「ウラニアのエロイカ」とよく似ていて、エキサイティングだ。何れも、フルトヴェングラーの意図を十分に表現した名演である。
ウィーンフィルとはEMIによる2つのスタジオ録音がある。1947年に78回転盤向けに録音された△録鵬擦気になるが、演奏自体は素晴らしい。TahraのCD、FURT 1027には別テイクも収められていて興味深いが、音質面がいかにも古めかしく聞こえて余り繰り返し聴く気になれない。一方で、仏フルトヴェングラー協会のLP、SWF-7903は、盤の繋ぎがはっきり分かるものの、音楽をしっかり伝える復刻で十分に堪能できる。しかしながら、1952年に録音された2回目のスタジオ録音Δ蓮▲董璽廚馬寝擦気譴燭里膿鵬擦無いので、全くストレス無く聴くことができる。演奏も録音も申し分ない。
ウィーンフィルとのライブ録音では、2004年に突如としてCDで出た1953年のミュンヘンのライブが、音質、演奏、共に素晴らしい。EMIのCD、IMG Artists "Great Conductors of the 20th Century"(7243 5 62875 2 5(2CD))で、大戦中の『運命』も上手に復刻されている。何れも低音部を補強したマスターを使っているようだ。1952年11月、スタジオ録音直後のライブГ發△襦Tahraから出たSACD、Furt 2011は、許容範囲ながらも、テープの痛みが気になるし、音質が今ひとつである。
ウィーンフィルの演奏で聴くなら、録音状態が最も良い1952年のスタジオ録音の演奏か、演奏が素晴らしくて、古い録音ながらも良い録音で聞けるレコードがある「ウラニアのエロイカ」が良さそうである。「ウラニアのエロイカ」として知られる大戦中の演奏は、昔から名演として知られてきた。この演奏は、ラジオ放送番組「マグネットフォンコンサート」のために、大戦中にセッション録音された。
1944年12月19日 ウィーンフィル ウィーン楽友協会大ホール RRGによる放送録音
・ベートーヴェン:交響曲第3番『英雄』
1952年11月26、27日 ウィーン楽友協会大ホール EMIスタジオ録音
・ベートーヴェン:交響曲第3番『英雄』
第二次世界大戦中のフルトヴェングラーの録音で、最も有名なのが「ウラニアのエロイカ」かもしれない。大戦末期、フルトヴェングラーがドイツから逃れてスイスに亡命する直前に、ウィーンフィルと残した演奏である。ウィーンフィルはナチスによって解散させられそうになったが、フルトヴェングラーの尽力によって回避された。運良く亡命できたユダヤ系の楽員もいたが、優秀なユダヤ人メンバーが強制収容所に連行されて殺された。ウィーンフィルにとっては、このオーケストラを守るために尽力したフルトヴェングラーは恩人であり、共にナチスと戦った戦友と言ってもよい関係だ。しかも『エロイカ(英雄)』はフルトヴェングラーだけではなく、ベートーヴェン自身も気に入った曲である。フルトヴェングラーとの共演を重ねて、最も相互理解を深めたオーケストラの一つであるウィーンフィルが、最高の指揮者を得て、完全に一つになって演奏したのが「ウラニアのエロイカ」である。
終戦後にフルトヴェングラーはEMIとのレコーディング契約を結び、多数のレコードを出した。ところが、本人に知られない間に、アメリカのウラニア社が東ドイツの放送局から大戦中のエロイカの録音テープを購入して、1953年にLPで発売した。これが「ウラニアのエロイカ」である。発売の前年に同じ曲を同じオーケストラで録音していることもあってか、His Master's Voice(HMV)の事務弁護士がフランスで訴訟を起こした。フランスではウラニア社が敗訴したが、アメリカの法律では「放送局から正規に入手している」ため違法でなかったので、その後も、廃盤になる1958年までレコードが売られた。
昔のテープ録音ということもあって、テープが劣化しやすいのであろう。一般的には、劣化する前のテープを使って作られたLPの音が良いといわれて、今でも昔のレコードが人気がある。とりわけ、最初期にプレスされたLPは良い音がするといわれ、特に人気がある。「ウラニアのエロイカ」については、レーベルの周囲に刻印されているマトリックスによって、次のようにプレスの時期によってマトリックスが異なることが確認されている。古いものから順番に並べると次のようになる。
Side 1 / Side 2
(ア) E3KP-4554 1A / E3KP-4555 1
(イ) E3KP-4554 1A / E3KP-4555 1B URLP-7095
(ウ) E3KP-4554 1B or 1C or 1D / E3KP-4555 1B URLP-7095
(エ) E3KP-4554 A .AB ULP-7094A / E3KP-4555 A .AB ULP-7095B
(オ) ULP-7095A / 7095B
『完全ディスコグラフィー』をまとめた清水宏氏によると、「(ア)と(イ)が(ウ)以降のプレスに比べると音質もバランスが良く素晴らしく、その良さを知ってしまうと(ウ)以降のを聴く気がしなくなるほど」であるという。「(ウ)と(エ)はほとんど同じだが、高音域がやや荒れている」という。「(オ)は分厚い響きに劣るものの高音域が非常にきれいに入っている」という。珍しい「フランスとブラジルから出たウラニア盤は(オ)と同じ音質」とのこと。「(ア)は盤質の問題で、多くはプチパチノイズが多い」という。ところが、「5種類のウラニア盤を試聴した。その結果ウラニア盤の音質はマトリックス番号だけでは決まらないことがわかった」という、末廣輝男氏がオーパス蔵のCD解説に書いた報告もある。また、再生特性イコライザ・カーブの問題もあるようだ。清水宏氏によると、「(オ)は、現在、一般的に使われているのと同じRIAAであり、他は確認していない」という。末廣輝男氏によると、「NABまたは古いコロンビアという、規格が統一される前のもので、そのまま現在の一般的な装置で再生すると、心地よい音に再生されない」という。私が実際に音を聴いて確認したのは、2枚の(ア) E3KP-4554 1A / E3KP-4555 1と1枚の(イ) E3KP-4554 1A / E3KP-4555 1Bである。3枚とも、Side 2のマトリックスは、少し長いスペースの後にAが刻印されている。清水宏氏によると、「最初期盤は盤質が悪くて「竹屋の火事」のようにプチパチ・ノイズが酷い」とのことだが、確認したレコードでは、盤の痛みによってノイズが入る箇所がある他は、特に再生に問題はなかった。ただ、(イ)では、トランペットのフォルテになると、ビリビリと耳障りな音が鳴ってしまう。ただし、別の針とカートリッジで再生すると、この問題は解消された。初期盤の溝に刻まれた音そのものは素晴らしいが、レコードのコンディションと再生方法によって大きく再生音が変わることは、他の1950年代に造られたレコードと同じであると思う。
写真:
´▲蹈廛灰凜ッツ侯爵邸と「エロイカ・ザール」。『英雄』交響曲は1804年6月にベートーヴェンのパトロンだったロプコヴィッツ侯爵邸で試演され、その夏の間に侯爵の領地にあったチェコのアイゼンベルク宮殿(Schloss Jezeří (Schloss Eisenberg)) で「私的に」初演されたと考えられている。しばらくは侯爵が独占的に上演する権利を持ったと言われ、少なくとも1804年12月と1905年1月にプライベートなコンサートが、ウィーンのロプコヴィッツ邸で行われた。その後、1805年4月7日にアン・デア・ウィーン劇場で、作曲者の指揮で公開初演された。ロプコヴィッツ邸は、現在、演劇博物館として使われており、この交響曲が試演された部屋、「エロイカ・ザール」も見ることができる。写真のグランドピアノの大きさから判断できるように、40人程度のオーケストラが入る広さはあるが、たくさんの聴衆が入るスペースはないので、パトロンとその関係者がこの部屋でオーケストラに演奏させて楽しんだと考えるのが自然であろう。
EMIへの商業録音(1952年)のLPは色々な国から出ている。これは英EMI ALP-1060。
ぁ屮Ε薀縫△離┘蹈ぅ」米 Urania URLP-7095
1953年9月、ウィーンフィルとのミュンヘンでのライブ。EMIのCD、IMG Artists "Great Conductors of the 20th Century"(7243 5 62875 2 5(2CD))
1952年11月、ウィーンフィルとのスタジオ録音直後のライブ、TahraのSACD、Furt 2011